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『
記事入力 : 2010/08/17 07:40:57
http://www.chosunonline.com/news/20100817000007
大卒生、5割が就職できず /江原道
江原道内の4年制大学の卒業生の二人に一人が就職できていないことが分かった。
これは、今年から就職率の統計の算定方式が変更されたことによる影響が大きい。
各大学によると、今年の大学卒業者のうち職場健康保険(日本の社会保険に相当)加入者基準の就職率(6月1日現在)は52.6%だった。
昨年4月1日現在の就職率は、1週当たり18時間以上就職していれば就職していることと見なされたため、72%に達した。
今年から教育科学技術部が、就職率の統計の算定方式を職場健康保険加入者基準に変更したため、就職率が激減したわけだ。
調査によると、漢拏大が59.4%と最も高く、以下は延世大・原州キャンパス57.5%、翰林大56.6%、江原大54.2%、尚志大49.3%、原州大46.8%、関東大42.3%の順だった。
漢拏大の場合、2008年に漢拏グループが万都を買収したことが卒業生の就職率向上につながったのに対して、産業基盤がぜい弱な嶺東地域の大学は相対的に苦戦した。
』
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2010年8月17日火曜日
2010年8月16日月曜日
高齢者、35%が貧困層
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『
記事入力 : 2010/08/03 16:33:26
http://www.chosunonline.com/news/20100803000076
------------------------------------------------
韓国の高齢者、35%が貧困層
韓国の高齢者の35.1%が貧困状態にあることが分かった。
国民年金研究院のソク・サンフン研究員が2日、「年金フォーラム」夏号に発表した報告書によると、昨年、韓国の高齢者の35.1%が、最低生計費(二人家族の場合、1カ月86万ウォン=約6万3500円)に満たない貧困層に属していた。
これは、昨年の韓国全体の人口に占める貧困率(14.1%)の2.5倍以上だ。
高齢者世帯の貧困率は、2006年には30%だったが、07年には31%、08年には32.5%と、毎年増加の一途をたどってきた。
2008年から、老齢基礎年金の制度が施行されたが、これが高齢者の貧困状態を緩和する効果はまだ限定的だという。
老齢基礎年金は、65歳以上の高齢者のうち、低所得層に属する70%の人たちに対し、一人暮らしの場合は最高で月9万ウォン(約6650円)、夫婦の場合は最高14万4000ウォン(約1万1000円)=ともに2010年8月現在=の年金を支給する制度だ。
』
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『
記事入力 : 2010/08/03 16:33:26
http://www.chosunonline.com/news/20100803000076
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韓国の高齢者、35%が貧困層
韓国の高齢者の35.1%が貧困状態にあることが分かった。
国民年金研究院のソク・サンフン研究員が2日、「年金フォーラム」夏号に発表した報告書によると、昨年、韓国の高齢者の35.1%が、最低生計費(二人家族の場合、1カ月86万ウォン=約6万3500円)に満たない貧困層に属していた。
これは、昨年の韓国全体の人口に占める貧困率(14.1%)の2.5倍以上だ。
高齢者世帯の貧困率は、2006年には30%だったが、07年には31%、08年には32.5%と、毎年増加の一途をたどってきた。
2008年から、老齢基礎年金の制度が施行されたが、これが高齢者の貧困状態を緩和する効果はまだ限定的だという。
老齢基礎年金は、65歳以上の高齢者のうち、低所得層に属する70%の人たちに対し、一人暮らしの場合は最高で月9万ウォン(約6650円)、夫婦の場合は最高14万4000ウォン(約1万1000円)=ともに2010年8月現在=の年金を支給する制度だ。
』
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貧困に苦しむ高齢者
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『
記事入力 : 2010/08/03 16:34:18
http://www.chosunonline.com/news/20100803000077
---------------------------------------
【社説】貧困に苦しむ韓国の高齢者たち
国民年金研究院による調査の結果、韓国の高齢者のうち、最低生計費(4人家族の場合、1カ月136万ウォン=約10万500円)以下の貧困層が35.1% を占めることが分かった。
高齢者の人口に占める貧困層の割合は、2006年には30.0%だったが、07年には31.0%、08年には32.5%と、増加の一途をたどってきた。
相対的貧困率(等価可処分所得〈世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値〉が、全国民の等価可処分所得の50%に満たない国民の割合)で見た場合、高齢者の貧困率は45%に達し、経済協力開発機構(OECD)の加盟国では最も高い。
フランスでは、退職した人の7割が、世論調査会社「ソフール」のアンケート調査に対し、「退職した後、より良い生活を送れるようになった」と回答した。
先進国の高齢者たちにとって、生活の支えとなっているのは年金だ。
イギリスの退職者の場合、職場で支給されていた給与の70%程度の年金が支給されている。
そのため、これらの国で定年退職する人たちは、拍手で見送られるものだ。
経済発展が大幅に遅れた分、社会福祉政策も遅れを取った韓国の事情を考えれば、フランスやイギリスなどと同じような高齢者福祉の充実を望むのは難しい。
1988年に制度が導入された国民年金の恩恵に浴している人は290万人に達するが、加入期間が短いため、受給額が月20万ウォン(約1万5000 円)に満たない人は50.6%、20万-40万ウォン(約2万9500円)が33.9%となっている。
これはまさに、最低限の生活を送ることすら容易ではない水準だ。
2008年から老齢基礎年金の制度が施行され、高齢者全体の69%が恩恵に浴しているが、その額は月9万ウォン(約6600円)にすぎない。
その上、平均寿命が延び、高齢者の人口は世界で最も早いペースで増加している。
65歳以上の高齢者の人口は、今年の535万人から、2015年には638 万人、20年には770万人、30年には1180万人へと増える見通しだ。
今の高齢者たちは若いころ、工場で汗水垂らしながら機械を動かし、輸出を増やすために夜も眠らず駆け回った世代だ。
こうして体を酷使して働いた結果、1955年には65ドル(現在のレートで約5600円)だった、一人当たりの国民所得を2万ドル(約170万円)近くまで引き上げた。
そうして稼いだ金を、子育てや年老いた両親の扶養に回すため、老後に備えて財産を蓄えられなかった人たちが少なくない。
さらに社会の風土が変わったことで、子どもたちの世代に頼ることが困難になり、年金制度もまた不十分だ。
65-74歳の高齢者10万人当たりの自殺者は、1995年の44人から、2005年には137人まで増え、世界最悪となったが、これもまた上記のような事情と関係がある。
一人暮らしの高齢者たちが、貧困や病気のために将来を悲観して自殺するケースが大部分を占めるからだ。
学校給食の無料化よりも、急いで取り組む必要があるのは、貧困に苦しむ高齢者たちへの対策だ。
』
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『
記事入力 : 2010/08/03 16:34:18
http://www.chosunonline.com/news/20100803000077
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【社説】貧困に苦しむ韓国の高齢者たち
国民年金研究院による調査の結果、韓国の高齢者のうち、最低生計費(4人家族の場合、1カ月136万ウォン=約10万500円)以下の貧困層が35.1% を占めることが分かった。
高齢者の人口に占める貧困層の割合は、2006年には30.0%だったが、07年には31.0%、08年には32.5%と、増加の一途をたどってきた。
相対的貧困率(等価可処分所得〈世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値〉が、全国民の等価可処分所得の50%に満たない国民の割合)で見た場合、高齢者の貧困率は45%に達し、経済協力開発機構(OECD)の加盟国では最も高い。
フランスでは、退職した人の7割が、世論調査会社「ソフール」のアンケート調査に対し、「退職した後、より良い生活を送れるようになった」と回答した。
先進国の高齢者たちにとって、生活の支えとなっているのは年金だ。
イギリスの退職者の場合、職場で支給されていた給与の70%程度の年金が支給されている。
そのため、これらの国で定年退職する人たちは、拍手で見送られるものだ。
経済発展が大幅に遅れた分、社会福祉政策も遅れを取った韓国の事情を考えれば、フランスやイギリスなどと同じような高齢者福祉の充実を望むのは難しい。
1988年に制度が導入された国民年金の恩恵に浴している人は290万人に達するが、加入期間が短いため、受給額が月20万ウォン(約1万5000 円)に満たない人は50.6%、20万-40万ウォン(約2万9500円)が33.9%となっている。
これはまさに、最低限の生活を送ることすら容易ではない水準だ。
2008年から老齢基礎年金の制度が施行され、高齢者全体の69%が恩恵に浴しているが、その額は月9万ウォン(約6600円)にすぎない。
その上、平均寿命が延び、高齢者の人口は世界で最も早いペースで増加している。
65歳以上の高齢者の人口は、今年の535万人から、2015年には638 万人、20年には770万人、30年には1180万人へと増える見通しだ。
今の高齢者たちは若いころ、工場で汗水垂らしながら機械を動かし、輸出を増やすために夜も眠らず駆け回った世代だ。
こうして体を酷使して働いた結果、1955年には65ドル(現在のレートで約5600円)だった、一人当たりの国民所得を2万ドル(約170万円)近くまで引き上げた。
そうして稼いだ金を、子育てや年老いた両親の扶養に回すため、老後に備えて財産を蓄えられなかった人たちが少なくない。
さらに社会の風土が変わったことで、子どもたちの世代に頼ることが困難になり、年金制度もまた不十分だ。
65-74歳の高齢者10万人当たりの自殺者は、1995年の44人から、2005年には137人まで増え、世界最悪となったが、これもまた上記のような事情と関係がある。
一人暮らしの高齢者たちが、貧困や病気のために将来を悲観して自殺するケースが大部分を占めるからだ。
学校給食の無料化よりも、急いで取り組む必要があるのは、貧困に苦しむ高齢者たちへの対策だ。
』
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「格差社会」取材
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『
記事入力 : 2010/08/07 14:54:09
http://www.chosunonline.com/news/20100807000058
----------------------------------------------------
【記者手帳】心で泣いた「格差社会」取材
キム・ヘスクさん(45)=仮名=は、仕事をする気のない夫とけんかをしながら暮らしていたが、7年前に家を出た。
中学生の息子と小学生の娘を育てるため、飲食店で1日12時間働き、1カ月に2回の休みで、月に120万ウォン(約8万8000円)稼ぐ。
過労で救急外来に2回運ばれた。
無理をしてきたせいか、キムさんは昨年から体調が悪く、仕事ができない。
キムさんは薬の袋が積まれた京畿道高陽市の多世帯住宅で、「娘はまだ中学3年だ」と言って涙を浮かべた。
大学生の息子(22)は、学費を工面できず休学している。
「崩壊する人生の階段」をテーマに企画記事を準備しながら、取材陣が決めた原則は、「同情しない」ことだった。
「人生のはしご」から脱落した個人の不幸な生き方に焦点を当てるというよりは、努力だけではい上がるのが難しい社会構造を、冷静に分析しようとした。
しかし、何でもないような顔で取材手帳にメモをしながら、自分でも知らないうちに感情がこみ上げてきたりした。
貧しい親たちが、「子どもたちに貧困が受け継がれるかと思うとつらい」と話したとき、「くじけそうになっても、子どもたちのためにまた立ち上がる」と話したときがそうだった。
京畿道安山市に住む野菜売りのイ・スンミさん(46)=仮名=が、早朝から力強くリヤカーを引く理由について、小学2年の息子のためだと語ったときも同じだった。
感動で鼻の奥がツンとする瞬間もあった。
仁川市に住むホームヘルパーのキム・ドクチャさん(52)=仮名=は午前中、80代の基礎生活受給者(生活保護対象者)夫婦の面倒を見た後、隣の地区の高齢女性宅に移動する際、バス代を節約するため、30分以上歩いていく。
そして、1カ月間のバス代2万ウォン(約1500円)で、高齢者にゴム手袋やもち、牛肉いためなどを買っていく。
キムさんは、日雇いの夫と共働きで3人の子どもを育てた。
今はヘルパーを辞め、子どもの面倒を見る仕事を探しているという。
キムさんのように、生涯ぶらぶらしていたわけでもないのに、どんな仕事をしても月100万ウォン(約7万3000円)-200万ウォン(約14万 6000円)を稼ぐのに苦労しながら、自分よりも大変な人のためにバス代を節約し、おかずを提供するような人たちが、韓国社会のあちこちにいた。
数カ月間の取材を通じて、われわれ取材陣は心の中で何度も泣いた。
金秀恵(キム・スヘ)記者(社会政策部)
』
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記事入力 : 2010/08/07 14:54:09
http://www.chosunonline.com/news/20100807000058
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【記者手帳】心で泣いた「格差社会」取材
キム・ヘスクさん(45)=仮名=は、仕事をする気のない夫とけんかをしながら暮らしていたが、7年前に家を出た。
中学生の息子と小学生の娘を育てるため、飲食店で1日12時間働き、1カ月に2回の休みで、月に120万ウォン(約8万8000円)稼ぐ。
過労で救急外来に2回運ばれた。
無理をしてきたせいか、キムさんは昨年から体調が悪く、仕事ができない。
キムさんは薬の袋が積まれた京畿道高陽市の多世帯住宅で、「娘はまだ中学3年だ」と言って涙を浮かべた。
大学生の息子(22)は、学費を工面できず休学している。
「崩壊する人生の階段」をテーマに企画記事を準備しながら、取材陣が決めた原則は、「同情しない」ことだった。
「人生のはしご」から脱落した個人の不幸な生き方に焦点を当てるというよりは、努力だけではい上がるのが難しい社会構造を、冷静に分析しようとした。
しかし、何でもないような顔で取材手帳にメモをしながら、自分でも知らないうちに感情がこみ上げてきたりした。
貧しい親たちが、「子どもたちに貧困が受け継がれるかと思うとつらい」と話したとき、「くじけそうになっても、子どもたちのためにまた立ち上がる」と話したときがそうだった。
京畿道安山市に住む野菜売りのイ・スンミさん(46)=仮名=が、早朝から力強くリヤカーを引く理由について、小学2年の息子のためだと語ったときも同じだった。
感動で鼻の奥がツンとする瞬間もあった。
仁川市に住むホームヘルパーのキム・ドクチャさん(52)=仮名=は午前中、80代の基礎生活受給者(生活保護対象者)夫婦の面倒を見た後、隣の地区の高齢女性宅に移動する際、バス代を節約するため、30分以上歩いていく。
そして、1カ月間のバス代2万ウォン(約1500円)で、高齢者にゴム手袋やもち、牛肉いためなどを買っていく。
キムさんは、日雇いの夫と共働きで3人の子どもを育てた。
今はヘルパーを辞め、子どもの面倒を見る仕事を探しているという。
キムさんのように、生涯ぶらぶらしていたわけでもないのに、どんな仕事をしても月100万ウォン(約7万3000円)-200万ウォン(約14万 6000円)を稼ぐのに苦労しながら、自分よりも大変な人のためにバス代を節約し、おかずを提供するような人たちが、韓国社会のあちこちにいた。
数カ月間の取材を通じて、われわれ取材陣は心の中で何度も泣いた。
金秀恵(キム・スヘ)記者(社会政策部)
』
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貧困児童100万人
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記事入力 : 2010/08/07 14:51:38
http://www.chosunonline.com/news/20100807000054
http://www.chosunonline.com/news/20100807000055
http://www.chosunonline.com/news/20100807000056
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格差社会:貧困児童100万人、成長後は就職困難
「アジア通貨危機以降、人生の階段が崩れ始めた。最大の原因は構造調整だ」
「企業は生き残りをかけ、ぜい肉を落とした。
政府は『新たな成長源を探る』というが、情報技術(IT)産業をけん引する新たな列車が入ってきても、これまでの職場を追われた国民の大半が、それに乗り込むことができなかった」
「列車に乗り損なったのは当事者の責任だろうか。
新たな列車に飛び乗る勇気とチャンスを与えるのが国家の役割ではないか-」
激しい議論が繰り広げられた。
本紙が企画した「崩壊する人生の階段」の諮問団は、人生の階段から脱落する人が増えている現実について、「韓国社会が活力を失う前に、解決法を見つけ出さなければならない」と異口同音に訴えた。
討論には、金景根(キム・ギョングン)高麗大教授(教育学)をはじめとして、キム・ヒサム韓国開発研究院研究委員(経済学)、ノ・デミョン社会統合委員会 専門委員(政治社会学)、パク・ミョンス雇用情報院研究開発本部長(労働経済学)、パク・シンヨン土地住宅研究院先任研究委員(都市行政学)、それにソ・ ビョンス永登浦老人総合福祉館長(社会福祉学)が参加した。
―1970年代までは、国民の大半が貧しかった。弱者層も存在したが、国家経済が成長するにつれ、大半の国民の経済的地位は向上した。
ところが通貨危機以降、貧困の様相が変化した。
韓国では国民の半数程度が一度は貧困を経験しており、その半数は貧困が長期化し、人生の階段を上ることができずにいる。
―問題は、こうした現象を防ぐ長期的あるいは短期的な対策がないという点だ。
韓国社会が直面しているさまざまな対立の根底には貧困、そして人生の階段の崩壊がある。
なぜ貧困は長期化するのか。
育児、教育、就職など人生のあらゆる段階で低所得層が階段を上る方法がない。
現在、貧困線以下で生活している子供たちは100万人程度と推定される。
厳しい言い方をすれば、幼いときには放置され、成長後は資格や条件を満たさないとして、就職できずにいるのだ。
産業構造が変わり、肉体労働で食べていける働き口も減りつつある。
また、一生のうちで働ける期間も短くなり、50-60代まで稼ぎ続けることは難しい。
―以前は、大学を卒業すれば就職するのが当然だった。
しかし、今は大卒後1年6カ月以内に常時雇用(契約期間1年以上)される人は64%にすぎず、それから2年後の時点でも70%に満たない。
多くの若者が大卒後に臨時職、短期契約職に就くが、企業が彼らの教育に投資しないため、若いときに十分な訓練を受けられない若者たちは、年齢を重ねても所得が増える機会は制限される。
―学生たちは絶望している。
いくら努力しても就職できる保障はなく、就職しても1-2年で追い出される可能性が高い。
これまで韓国社会では、教育が上昇階段の役割を果たしてきた。
しかし、家庭背景が学業の成就に与える影響が徐々に高まっている。
今や教育が希望を与えるというよりは、絶望を与える段階に至っている。
―貧しい家庭に育った子供が悪戦苦闘の末、わずかな確率を突破し、名門大学に合格しても、入学後の問題に直面する。
通貨危機以降、早期留学ブームが起こり、中産階級以上の家庭の子供たちは韓国の大学ではなく、海外の名門大学に留学しようとする。
国内の大学に進学したとしても、英語塾に通い、海外研修に出掛ける。
雇用情報院の統計によると、中高生の時期に塾通いするよりも、大学時代に海外研修を受けた経験の方が、就職にはるかに有利だという結果が出ている。
今や教育が階段の役割を果たせないばかりか、むしろ階層の固定化につながっている。
―就職後も問題だ。
過去15年間で中小企業は大企業に比べ、労働時間が増えたのに対し、賃金は低下した。
以前は勤労者の25%程度が大企業で働いていたが、現在は12%にすぎない。
大半の人は中小企業で働き、以前より多く働いても、受け取る賃金は以前に比べ少ない。
大企業に就職し、中小企業に転職するケースはあっても、中小企業から大企業に転職するのは非常に困難だ。
企業は人物本位で選考するのではなく、結局はTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)のスコアなどを基準とする。
それゆえ、学生たちは必死に大企業に入ろうと、資格条件を整えることに専念する。
―年収10年分を、一銭も使わずに貯金しなければ、マイホームは買えない。
無理に住宅を購入しても、失業や病気などで危機に陥った際には、マイホームを失い家族は崩壊する。
1980年代から現在まで、人口住宅総調査の結果を年齢層別に分析すると、45歳までにマイホームを購入できない人が増えている。
若い世代ほど、勤労所得でマイホームを購入するのは困難だ。
言い換えれば、自力で上の階層に上がることが難しくなっているということだ。
マイホームがなければ、家庭は安定せず、教育にも投資できない。
所得が低い人ほど生活の基盤となるマイホームを確保するのは難しい。
―このような世の中だから、周囲には幸せな人が少ない。
現在40代の人は、自己実現の欲求があった。
生活の質に対しても、これまでの世代以上に目標が高かった。
しかし、それを実現するのは困難だ。
マイホームを購入し、子供に塾通いさせるのに所得の大半をつぎ込む家庭が多い。
親たちは、他人にならってやむを得ず子供を塾通いさせているが、内心は自分たちの老後の生活を心配している。
子供は最後まで親に頼って出世しようとする。
エレベーターに例えると、以前はエレベーターが狭く、きしむ音がしていても、頻繁にドアが開いていた。
だが現在は、高速エレベーターが上に行ったまま降りてこない。
降りてくる気配のないエレベーターを待ちわびるような感覚で、それが剥奪感につながっている。
―ある日本の記者から、
「韓国は他国とは異なり、高速成長と民主化を経て、対立が爆発したり、争議がぼっ発することなく、現在の段階まで上り詰めた。その秘訣(ひけつ)は何か」
と聞かれた。
わたしは「階層移動」だと答えた。
貧しい農民も、牛を売って子供を大学に送れば、最低でも次の世代は中産階級になることができた。
雇用が大量に創出され、農村人口が都市に大移動し、その大多数が以前に比べ良い生活を送り、親の世代よりも生活水準を向上させた。
また、急速な工業化で都市勤労者の所得が上昇した際、農村でも道を広げ、住宅を改築する「セマウル運動」が起きた。
それが都市と農村の極端な対立を防いだ。
しかし、今は懸念すべき点が少なくない。
―意識調査によると、30代の不満が非常に多い。
40代は大学を卒業すれば就職できた。
30代は通貨危機の余波で就職が困難な状況で、不動産価格の高騰に直面した。
年上の世代が享受した恩恵を受けられず、今後は高齢者の扶養のために、巨額の負担を強いられる。
低所得層、若者により多くのチャンスを与えられる政策的配慮が必要だ。
―結局は教育と雇用が問題だ。
まずは食べていかなければならない。
新たな雇用創出ばかりにこだらわず、現在ある求人に適した人材が応募できるように支援していくことも大切だ。
若者に「就職活動の際、最も不便なことは何か」と尋ねたところ、「情報がなくて困る」との答えが返ってきた。
韓国社会には、就職先をあっせんする仕組みが十分に機能していない。
公共、民間を問わず、あっせん機関を通じて就職先を見つけた人は、100人中6人にすぎない。
残りはコネ、口コミ、教授からの推薦などで就職した人たちだ。
―2008年の金融危機の最中、ドイツではむしろ雇用が増加し、「ドイツの奇跡」と呼ばれた。
それを細かく検討すると、ドイツでは雇用支援センターの相談員一人が求職者500人を担当するのに対し、韓国では相談員一人が8000人もの求職者を担当することが分かった。
ドイツでは求職者との面談に 40-50分ほど時間をかける一方、韓国ではわずか2-3分。
また、支援センターには情報量も少ない。
―「魚を釣る方法は教えたから、あとは自分でやってみろ」というのではなく、獲物の魚(働き口)を増やし、魚の通り道もリードしてやらなくてはならない。
それでこそ、真の雇用支援といえる。
』
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『
記事入力 : 2010/08/07 14:51:38
http://www.chosunonline.com/news/20100807000054
http://www.chosunonline.com/news/20100807000055
http://www.chosunonline.com/news/20100807000056
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格差社会:貧困児童100万人、成長後は就職困難
「アジア通貨危機以降、人生の階段が崩れ始めた。最大の原因は構造調整だ」
「企業は生き残りをかけ、ぜい肉を落とした。
政府は『新たな成長源を探る』というが、情報技術(IT)産業をけん引する新たな列車が入ってきても、これまでの職場を追われた国民の大半が、それに乗り込むことができなかった」
「列車に乗り損なったのは当事者の責任だろうか。
新たな列車に飛び乗る勇気とチャンスを与えるのが国家の役割ではないか-」
激しい議論が繰り広げられた。
本紙が企画した「崩壊する人生の階段」の諮問団は、人生の階段から脱落する人が増えている現実について、「韓国社会が活力を失う前に、解決法を見つけ出さなければならない」と異口同音に訴えた。
討論には、金景根(キム・ギョングン)高麗大教授(教育学)をはじめとして、キム・ヒサム韓国開発研究院研究委員(経済学)、ノ・デミョン社会統合委員会 専門委員(政治社会学)、パク・ミョンス雇用情報院研究開発本部長(労働経済学)、パク・シンヨン土地住宅研究院先任研究委員(都市行政学)、それにソ・ ビョンス永登浦老人総合福祉館長(社会福祉学)が参加した。
―1970年代までは、国民の大半が貧しかった。弱者層も存在したが、国家経済が成長するにつれ、大半の国民の経済的地位は向上した。
ところが通貨危機以降、貧困の様相が変化した。
韓国では国民の半数程度が一度は貧困を経験しており、その半数は貧困が長期化し、人生の階段を上ることができずにいる。
―問題は、こうした現象を防ぐ長期的あるいは短期的な対策がないという点だ。
韓国社会が直面しているさまざまな対立の根底には貧困、そして人生の階段の崩壊がある。
なぜ貧困は長期化するのか。
育児、教育、就職など人生のあらゆる段階で低所得層が階段を上る方法がない。
現在、貧困線以下で生活している子供たちは100万人程度と推定される。
厳しい言い方をすれば、幼いときには放置され、成長後は資格や条件を満たさないとして、就職できずにいるのだ。
産業構造が変わり、肉体労働で食べていける働き口も減りつつある。
また、一生のうちで働ける期間も短くなり、50-60代まで稼ぎ続けることは難しい。
―以前は、大学を卒業すれば就職するのが当然だった。
しかし、今は大卒後1年6カ月以内に常時雇用(契約期間1年以上)される人は64%にすぎず、それから2年後の時点でも70%に満たない。
多くの若者が大卒後に臨時職、短期契約職に就くが、企業が彼らの教育に投資しないため、若いときに十分な訓練を受けられない若者たちは、年齢を重ねても所得が増える機会は制限される。
―学生たちは絶望している。
いくら努力しても就職できる保障はなく、就職しても1-2年で追い出される可能性が高い。
これまで韓国社会では、教育が上昇階段の役割を果たしてきた。
しかし、家庭背景が学業の成就に与える影響が徐々に高まっている。
今や教育が希望を与えるというよりは、絶望を与える段階に至っている。
―貧しい家庭に育った子供が悪戦苦闘の末、わずかな確率を突破し、名門大学に合格しても、入学後の問題に直面する。
通貨危機以降、早期留学ブームが起こり、中産階級以上の家庭の子供たちは韓国の大学ではなく、海外の名門大学に留学しようとする。
国内の大学に進学したとしても、英語塾に通い、海外研修に出掛ける。
雇用情報院の統計によると、中高生の時期に塾通いするよりも、大学時代に海外研修を受けた経験の方が、就職にはるかに有利だという結果が出ている。
今や教育が階段の役割を果たせないばかりか、むしろ階層の固定化につながっている。
―就職後も問題だ。
過去15年間で中小企業は大企業に比べ、労働時間が増えたのに対し、賃金は低下した。
以前は勤労者の25%程度が大企業で働いていたが、現在は12%にすぎない。
大半の人は中小企業で働き、以前より多く働いても、受け取る賃金は以前に比べ少ない。
大企業に就職し、中小企業に転職するケースはあっても、中小企業から大企業に転職するのは非常に困難だ。
企業は人物本位で選考するのではなく、結局はTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)のスコアなどを基準とする。
それゆえ、学生たちは必死に大企業に入ろうと、資格条件を整えることに専念する。
―年収10年分を、一銭も使わずに貯金しなければ、マイホームは買えない。
無理に住宅を購入しても、失業や病気などで危機に陥った際には、マイホームを失い家族は崩壊する。
1980年代から現在まで、人口住宅総調査の結果を年齢層別に分析すると、45歳までにマイホームを購入できない人が増えている。
若い世代ほど、勤労所得でマイホームを購入するのは困難だ。
言い換えれば、自力で上の階層に上がることが難しくなっているということだ。
マイホームがなければ、家庭は安定せず、教育にも投資できない。
所得が低い人ほど生活の基盤となるマイホームを確保するのは難しい。
―このような世の中だから、周囲には幸せな人が少ない。
現在40代の人は、自己実現の欲求があった。
生活の質に対しても、これまでの世代以上に目標が高かった。
しかし、それを実現するのは困難だ。
マイホームを購入し、子供に塾通いさせるのに所得の大半をつぎ込む家庭が多い。
親たちは、他人にならってやむを得ず子供を塾通いさせているが、内心は自分たちの老後の生活を心配している。
子供は最後まで親に頼って出世しようとする。
エレベーターに例えると、以前はエレベーターが狭く、きしむ音がしていても、頻繁にドアが開いていた。
だが現在は、高速エレベーターが上に行ったまま降りてこない。
降りてくる気配のないエレベーターを待ちわびるような感覚で、それが剥奪感につながっている。
―ある日本の記者から、
「韓国は他国とは異なり、高速成長と民主化を経て、対立が爆発したり、争議がぼっ発することなく、現在の段階まで上り詰めた。その秘訣(ひけつ)は何か」
と聞かれた。
わたしは「階層移動」だと答えた。
貧しい農民も、牛を売って子供を大学に送れば、最低でも次の世代は中産階級になることができた。
雇用が大量に創出され、農村人口が都市に大移動し、その大多数が以前に比べ良い生活を送り、親の世代よりも生活水準を向上させた。
また、急速な工業化で都市勤労者の所得が上昇した際、農村でも道を広げ、住宅を改築する「セマウル運動」が起きた。
それが都市と農村の極端な対立を防いだ。
しかし、今は懸念すべき点が少なくない。
―意識調査によると、30代の不満が非常に多い。
40代は大学を卒業すれば就職できた。
30代は通貨危機の余波で就職が困難な状況で、不動産価格の高騰に直面した。
年上の世代が享受した恩恵を受けられず、今後は高齢者の扶養のために、巨額の負担を強いられる。
低所得層、若者により多くのチャンスを与えられる政策的配慮が必要だ。
―結局は教育と雇用が問題だ。
まずは食べていかなければならない。
新たな雇用創出ばかりにこだらわず、現在ある求人に適した人材が応募できるように支援していくことも大切だ。
若者に「就職活動の際、最も不便なことは何か」と尋ねたところ、「情報がなくて困る」との答えが返ってきた。
韓国社会には、就職先をあっせんする仕組みが十分に機能していない。
公共、民間を問わず、あっせん機関を通じて就職先を見つけた人は、100人中6人にすぎない。
残りはコネ、口コミ、教授からの推薦などで就職した人たちだ。
―2008年の金融危機の最中、ドイツではむしろ雇用が増加し、「ドイツの奇跡」と呼ばれた。
それを細かく検討すると、ドイツでは雇用支援センターの相談員一人が求職者500人を担当するのに対し、韓国では相談員一人が8000人もの求職者を担当することが分かった。
ドイツでは求職者との面談に 40-50分ほど時間をかける一方、韓国ではわずか2-3分。
また、支援センターには情報量も少ない。
―「魚を釣る方法は教えたから、あとは自分でやってみろ」というのではなく、獲物の魚(働き口)を増やし、魚の通り道もリードしてやらなくてはならない。
それでこそ、真の雇用支援といえる。
』
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貧困脱出のカギ
_
『
記事入力 : 2010/08/07 14:52:35
http://www.chosunonline.com/news/20100807000057
----------------------------------------------------
格差社会:貧困脱出のカギとなる「140%の法則」
本紙の調査班は、貧困線の140%以上の収入を得れば、貧困状態から完全に抜け出すことができる、と分析した。
これを「140%の法則」という。
2008 年現在、3人家族を基準とした場合、月に101万ウォン(現在のレートで約7万5100円、以下同じ)以上を稼げば、貧困から脱出するための「はしご」を上ることができるというわけだ。
一方、08年現在、同じ基準で1カ月の収入が72万4000ウォン(約5万3800円)以下の世帯は「貧困層」に分類される。
国民年金研究院のソク・サンフン研究員は、06年から08年までの韓国福祉調査の資料を分析した結果、貧困層が貧困から脱出するためには、月収の下限を貧困線の140%に当たる101万3600ウォン(約7万5400円)まで引き上げる必要があることが分かった、と発表した。
一方、たとえ収入が増えても、貧困線の120%(86万8800ウォン=約6万4600円)を超えなければ、再び貧困層に転落する危険性が高いという。
ソク研究員は、貧困層の基準となる貧困線を、中位所得(全世帯を所得に応じてランク付けしたとき、中ほどにランクされる世帯の所得)の50%を基準として分析した。
ソク研究員によると、グループAは06年の月収が46万5000ウォン(約3万4600円)だったが、07年には100万6000ウォン(約7万 4800円)、08年には114万3000ウォン(約8万5000円)に増え、貧困層から脱出した。貧困線を基準とすれば、07年には147%、08年には157.9%を超えたというわけだ。
一方、グループBの場合、月収が06年の46万5000ウォンから、07年には81万4000ウォン(約6万500円)=貧困線の119%=に増え、一時的に貧困から脱出した。
ところが、08年には55万3000ウォン(約4万1100円)=貧困線の63%=に落ち込み、再び貧困層に転落した。
これについて、ソク研究員は「貧困層は資産を持たないため、所得が一定レベル以上に増えて初めて、貧困状態から脱出できるものと考えられる。
その『一定レベル』は、貧困線の140%以上だということが分かった」と話している。
』
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記事入力 : 2010/08/07 14:52:35
http://www.chosunonline.com/news/20100807000057
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格差社会:貧困脱出のカギとなる「140%の法則」
本紙の調査班は、貧困線の140%以上の収入を得れば、貧困状態から完全に抜け出すことができる、と分析した。
これを「140%の法則」という。
2008 年現在、3人家族を基準とした場合、月に101万ウォン(現在のレートで約7万5100円、以下同じ)以上を稼げば、貧困から脱出するための「はしご」を上ることができるというわけだ。
一方、08年現在、同じ基準で1カ月の収入が72万4000ウォン(約5万3800円)以下の世帯は「貧困層」に分類される。
国民年金研究院のソク・サンフン研究員は、06年から08年までの韓国福祉調査の資料を分析した結果、貧困層が貧困から脱出するためには、月収の下限を貧困線の140%に当たる101万3600ウォン(約7万5400円)まで引き上げる必要があることが分かった、と発表した。
一方、たとえ収入が増えても、貧困線の120%(86万8800ウォン=約6万4600円)を超えなければ、再び貧困層に転落する危険性が高いという。
ソク研究員は、貧困層の基準となる貧困線を、中位所得(全世帯を所得に応じてランク付けしたとき、中ほどにランクされる世帯の所得)の50%を基準として分析した。
ソク研究員によると、グループAは06年の月収が46万5000ウォン(約3万4600円)だったが、07年には100万6000ウォン(約7万 4800円)、08年には114万3000ウォン(約8万5000円)に増え、貧困層から脱出した。貧困線を基準とすれば、07年には147%、08年には157.9%を超えたというわけだ。
一方、グループBの場合、月収が06年の46万5000ウォンから、07年には81万4000ウォン(約6万500円)=貧困線の119%=に増え、一時的に貧困から脱出した。
ところが、08年には55万3000ウォン(約4万1100円)=貧困線の63%=に落ち込み、再び貧困層に転落した。
これについて、ソク研究員は「貧困層は資産を持たないため、所得が一定レベル以上に増えて初めて、貧困状態から脱出できるものと考えられる。
その『一定レベル』は、貧困線の140%以上だということが分かった」と話している。
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日雇い人生
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記事入力 : 2010/08/06 15:04:16
http://www.chosunonline.com/news/20100806000060
http://www.chosunonline.com/news/20100806000061
http://www.chosunonline.com/news/20100806000062
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格差社会:日雇い人生、行き場のない住居難民たち
8日深夜3時、ソウル駅近くの商業ビル地下1階にある漫画喫茶のドアを開けて中に入ると、漫画を読んでいる客は一人もいなかった。
80坪(約264平方メートル)の明るい店内には、複数の中年男性が一人ずつソファー確保して眠っていた。
客の数は34人で、洗濯したばかりの衣服や靴下などがテーブルに置かれていた。
カウンターに座っていた店員(54)はあくびをしながら、「今いる客たちはここで生活している」と話した。
カウンターの後ろにある棚には、客が預けた古い旅行かばんが保管されていた。
記者の気配を感じて目を覚ました一人の中年男性が、歯ブラシとタオルを持ってカウンター横のトイレに入っていったた。
小便器一つ、蛇口が一つ設置されたこのトイレのドアには、「洗濯1000ウォン(約73円)」と書かれた紙が張られ、店員は「水道代だ」と説明した。
近くにある別の漫画喫茶(40坪=132平方メートル)でも、同じく9人の長期宿泊者が生活していた。
彼らは頭の先まで布団をかぶり眠っていた。
この店の店員(50)は、
「1カ月の利用料は15万ウォン(約1万1000円)だが、それでも高いのか、1日の利用料4000ウォン(約300円)を支払って出入りする人もいる」
と話す。
「客は大工や配線技術者が多い。早朝から引っ越し屋の仕事や建設現場に出ては、夜7時ごろに戻ってくる。仕事のない日は1日中漫画を読んでいる。中には、ここで5年以上生活している人もいる」
漫画喫茶やインターネットカフェ、喫茶店、考試院(受験生向けの貸し部屋)、ビニールハウスなどで生活する、いわゆる「住居難民」が増加している。
希望のはしごから転落し、家と路上の狭間でひっそりと生活している人たちだ。
貧困問題研究所のリュ・ジョンスン所長は、「住宅難民こそ貧民の中の貧民だ」と話す。
住居難民は補償金を貯める力がないため、毎月の家賃を支払って部屋を借りることができない。
親や子供、配偶者、友人たちとの関係も途絶え、極端な孤独に陥りやすい。
安定した住居を確保できず、国が提供する福祉の恩恵さえ受けられないケースも多い。
完全なホームレスは、保健福祉部の統計で1万4000人といわれているが、住宅難民の居場所は、韓国社会ではホームレスの次に低い「はしごの1番下」だ。
社会福祉の仕事に携わる関係者は、例外なく「住居難民は徐々に増加している」と口にする。
ところが政府は、その正確な人数さえ把握できていない。
何とか推定できる唯一の資料は、国家人権委員会が今年1月に発行した「非住宅居住民の人権状況実態調査」だけだ。
この報告書によると、住居難民は少なく見積もっても 15万9000人と推定されているが、実際はこれも氷山の一角に過ぎない。
人権委は全数調査を行っているわけではなく、一部の地域を対象にアンケートや聞き取り調査などから結果をはじき出す方法で推定したものだからだ。
インターネットカフェやサウナ、漫画喫茶、安宿など場所を変えながら生活する人たちは、実態を把握することができないため、最初から調査対象にもなっていない。
人権委の報告書によると、住居難民の平均年齢は52歳で、平均収入は月52万6000ウォン(約3万8700円)。
半分は無職で、10人に6人(63.8%)は学歴が中卒以下だった。
国民全体(中卒以下24%)の平均と比較すると、学歴の低さは際立っている。
一人当たりの居住面積は平均20.90平方メートルで、半分以上が台所、トイレ、シャワー室を共同で使用している。
彼らは住居費として1カ月に平均19万5000ウォン(約1万4300円)を支出している。
屋根の下で寝るという、最低限のぜいたくを味わうには、収入の3分の1を投じなければならない。
この点が、貯蓄と再起の障害となり、はしごを上る最低限の余力までも奪い去っているのだ。
ソウル市西大門区霊泉洞の考試院で暮らすクァク・ヨンホさん(39)は、毎月100万ウォン(約7万3000円)にもならない収入で、24万ウォン(約1万8000円)の家賃を支払っている。
縦横2メートル、3メートルの部屋に幅90センチの布団を敷くと、足先が押し入れの中に入ってしまう。
この考試院には同じような部屋が52室ある。
廊下が狭いため、ほかの入居者とすれ違う際は、一人が壁に張り付いて交互に通らなければならない。
クァクさんは廊下で見慣れない顔を見かけると、うつむいて知らないふりをする。
部屋に入ってテレビをつけると、どうにか聞こえる程度にボリュームを下げる。
薄い壁板の向こうからは、電話で話す声や服を着替える音などが聞こえてくる。
クァクさんは10代後半から26歳まで、ソウル市麻浦区の小さな工場で働き、その間に貯めた5000万ウォン(約370万円)を元手に居酒屋を開業したものの、わずか半年で経営が行き詰まった。
金を貯めてマイホームを手に入れ、結婚して母親と同居するという夢は、このとき一気に崩れ去った。
ソウル駅近くの安宿や鍾路の路地裏にある考試院に寝泊まりし、建設作業員などの職を転々としながら生計を立ててきたが、家賃や食費、交通費、携帯電話代などを支払うと、部屋を借りるための補償金を貯める余裕など到底なかった。
長期公共賃貸住宅への入居を申し込んでも、補償金が足りない、家族がいない、身体は健康ということで、順番が後回しとなった。
福祉の恩恵だけでも受けられないかと調べたが、これといった情報も得られなかった。
クァクさんは自暴自棄となり、一時は2年以上ホームレス生活をしていた。
その後、「このままではだめだ」と思い直し、もう一度工事現場で仕事を始めたが、今生活している考試院よりも良い部屋で生活するという希望は捨てた。
それでもクァクさんは、住居難民の中ではましな方だ。
人権委が調査した住居難民の生活状況を見ると、「考試院→安宿→ビニールハウス→インターネットカフェ、サウナ、喫茶店、漫画喫茶」の順に、利用者の収入と住居費が低いということが分かった。
考試院の利用者は平均46歳で、月収は66万2000ウォン(約4万8700円)、そのうち22万4000ウォン(約1万6500円)を家賃として支出している。
しかし、インターネットカフェや漫画喫茶の利用者になると、収入は43万2000ウォン(約3万1800 円)で、利用料も13万7000ウォン(約1万100円)にまで下がる。
ソウル駅近くのインターネットカフェにあるソファで、エビのように身体丸めて休息を取っていたチャン・ヨンチョルさん(35)。
4年間、このような生活を続けているチャンさんにとっては、クァクさんのように考試院で暮らすことさえぜいたくな話だ。
中卒のチャンさんは日雇いの仕事を転々としながら、無料の炊き出しなどで何とか食いつないでいる。
日 曜日には近くの教会を周り、「チャルチャル」を行っている。「チャルチャル」とは、各地の教会を周りながら、日曜礼拝を終えた信者たちがホームレスに食費 として与える一人500ウォン(約37円)から3000ウォン(約221円)を集め、1日1万ウォン(約740円)から2万ウォン(約1500円)を稼ぐ ことを意味する隠語だ。
チャンさんの夢は、かつて飲食店で配達の仕事などをしながら身に付けた料理の腕前を生かし、自分の店を開業することだ。
しかし、この夢を実現させる日がいつになったら訪れるのか、想像もできない。
毎朝暗いうちから中区北倉洞にある日雇い募集所で仕事を探しているが、仕事がなく何もしないで過ごす日の方が多い。
彼らのように、生活を向上させる希望を失った住居難民を苦しめるのは、孤独感と憂うつさだ。
人権委によると、住居難民10人のうち4人(42.1%)が、借金や家庭の不和など、さまざまな理由で家族との連絡を絶っているという。
8日夜7時、ソウル駅近くにある別の漫画喫茶には、1日の仕事を終えて住居難民たちが戻ってきた。
汗びっしょりの50代男性は、片手に漫画の本を手にしながら、「これはもう10回以上読んだ」と語る。
別のテーブルでは何人かがトランプ遊びをしていた。
その傍らでテレビを見つめるキム・ヨンチョルさん(45)に、漫画喫茶での生活について尋ねると、「家を借りる金もないし、一緒に生活する家族がいるわけでもない」と答えた。
その後もいくつか質問してみたが、キムさんは疲れているのか、何も言わずに目を閉じた。
』
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記事入力 : 2010/08/06 15:04:16
http://www.chosunonline.com/news/20100806000060
http://www.chosunonline.com/news/20100806000061
http://www.chosunonline.com/news/20100806000062
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格差社会:日雇い人生、行き場のない住居難民たち
8日深夜3時、ソウル駅近くの商業ビル地下1階にある漫画喫茶のドアを開けて中に入ると、漫画を読んでいる客は一人もいなかった。
80坪(約264平方メートル)の明るい店内には、複数の中年男性が一人ずつソファー確保して眠っていた。
客の数は34人で、洗濯したばかりの衣服や靴下などがテーブルに置かれていた。
カウンターに座っていた店員(54)はあくびをしながら、「今いる客たちはここで生活している」と話した。
カウンターの後ろにある棚には、客が預けた古い旅行かばんが保管されていた。
記者の気配を感じて目を覚ました一人の中年男性が、歯ブラシとタオルを持ってカウンター横のトイレに入っていったた。
小便器一つ、蛇口が一つ設置されたこのトイレのドアには、「洗濯1000ウォン(約73円)」と書かれた紙が張られ、店員は「水道代だ」と説明した。
近くにある別の漫画喫茶(40坪=132平方メートル)でも、同じく9人の長期宿泊者が生活していた。
彼らは頭の先まで布団をかぶり眠っていた。
この店の店員(50)は、
「1カ月の利用料は15万ウォン(約1万1000円)だが、それでも高いのか、1日の利用料4000ウォン(約300円)を支払って出入りする人もいる」
と話す。
「客は大工や配線技術者が多い。早朝から引っ越し屋の仕事や建設現場に出ては、夜7時ごろに戻ってくる。仕事のない日は1日中漫画を読んでいる。中には、ここで5年以上生活している人もいる」
漫画喫茶やインターネットカフェ、喫茶店、考試院(受験生向けの貸し部屋)、ビニールハウスなどで生活する、いわゆる「住居難民」が増加している。
希望のはしごから転落し、家と路上の狭間でひっそりと生活している人たちだ。
貧困問題研究所のリュ・ジョンスン所長は、「住宅難民こそ貧民の中の貧民だ」と話す。
住居難民は補償金を貯める力がないため、毎月の家賃を支払って部屋を借りることができない。
親や子供、配偶者、友人たちとの関係も途絶え、極端な孤独に陥りやすい。
安定した住居を確保できず、国が提供する福祉の恩恵さえ受けられないケースも多い。
完全なホームレスは、保健福祉部の統計で1万4000人といわれているが、住宅難民の居場所は、韓国社会ではホームレスの次に低い「はしごの1番下」だ。
社会福祉の仕事に携わる関係者は、例外なく「住居難民は徐々に増加している」と口にする。
ところが政府は、その正確な人数さえ把握できていない。
何とか推定できる唯一の資料は、国家人権委員会が今年1月に発行した「非住宅居住民の人権状況実態調査」だけだ。
この報告書によると、住居難民は少なく見積もっても 15万9000人と推定されているが、実際はこれも氷山の一角に過ぎない。
人権委は全数調査を行っているわけではなく、一部の地域を対象にアンケートや聞き取り調査などから結果をはじき出す方法で推定したものだからだ。
インターネットカフェやサウナ、漫画喫茶、安宿など場所を変えながら生活する人たちは、実態を把握することができないため、最初から調査対象にもなっていない。
人権委の報告書によると、住居難民の平均年齢は52歳で、平均収入は月52万6000ウォン(約3万8700円)。
半分は無職で、10人に6人(63.8%)は学歴が中卒以下だった。
国民全体(中卒以下24%)の平均と比較すると、学歴の低さは際立っている。
一人当たりの居住面積は平均20.90平方メートルで、半分以上が台所、トイレ、シャワー室を共同で使用している。
彼らは住居費として1カ月に平均19万5000ウォン(約1万4300円)を支出している。
屋根の下で寝るという、最低限のぜいたくを味わうには、収入の3分の1を投じなければならない。
この点が、貯蓄と再起の障害となり、はしごを上る最低限の余力までも奪い去っているのだ。
ソウル市西大門区霊泉洞の考試院で暮らすクァク・ヨンホさん(39)は、毎月100万ウォン(約7万3000円)にもならない収入で、24万ウォン(約1万8000円)の家賃を支払っている。
縦横2メートル、3メートルの部屋に幅90センチの布団を敷くと、足先が押し入れの中に入ってしまう。
この考試院には同じような部屋が52室ある。
廊下が狭いため、ほかの入居者とすれ違う際は、一人が壁に張り付いて交互に通らなければならない。
クァクさんは廊下で見慣れない顔を見かけると、うつむいて知らないふりをする。
部屋に入ってテレビをつけると、どうにか聞こえる程度にボリュームを下げる。
薄い壁板の向こうからは、電話で話す声や服を着替える音などが聞こえてくる。
クァクさんは10代後半から26歳まで、ソウル市麻浦区の小さな工場で働き、その間に貯めた5000万ウォン(約370万円)を元手に居酒屋を開業したものの、わずか半年で経営が行き詰まった。
金を貯めてマイホームを手に入れ、結婚して母親と同居するという夢は、このとき一気に崩れ去った。
ソウル駅近くの安宿や鍾路の路地裏にある考試院に寝泊まりし、建設作業員などの職を転々としながら生計を立ててきたが、家賃や食費、交通費、携帯電話代などを支払うと、部屋を借りるための補償金を貯める余裕など到底なかった。
長期公共賃貸住宅への入居を申し込んでも、補償金が足りない、家族がいない、身体は健康ということで、順番が後回しとなった。
福祉の恩恵だけでも受けられないかと調べたが、これといった情報も得られなかった。
クァクさんは自暴自棄となり、一時は2年以上ホームレス生活をしていた。
その後、「このままではだめだ」と思い直し、もう一度工事現場で仕事を始めたが、今生活している考試院よりも良い部屋で生活するという希望は捨てた。
それでもクァクさんは、住居難民の中ではましな方だ。
人権委が調査した住居難民の生活状況を見ると、「考試院→安宿→ビニールハウス→インターネットカフェ、サウナ、喫茶店、漫画喫茶」の順に、利用者の収入と住居費が低いということが分かった。
考試院の利用者は平均46歳で、月収は66万2000ウォン(約4万8700円)、そのうち22万4000ウォン(約1万6500円)を家賃として支出している。
しかし、インターネットカフェや漫画喫茶の利用者になると、収入は43万2000ウォン(約3万1800 円)で、利用料も13万7000ウォン(約1万100円)にまで下がる。
ソウル駅近くのインターネットカフェにあるソファで、エビのように身体丸めて休息を取っていたチャン・ヨンチョルさん(35)。
4年間、このような生活を続けているチャンさんにとっては、クァクさんのように考試院で暮らすことさえぜいたくな話だ。
中卒のチャンさんは日雇いの仕事を転々としながら、無料の炊き出しなどで何とか食いつないでいる。
日 曜日には近くの教会を周り、「チャルチャル」を行っている。「チャルチャル」とは、各地の教会を周りながら、日曜礼拝を終えた信者たちがホームレスに食費 として与える一人500ウォン(約37円)から3000ウォン(約221円)を集め、1日1万ウォン(約740円)から2万ウォン(約1500円)を稼ぐ ことを意味する隠語だ。
チャンさんの夢は、かつて飲食店で配達の仕事などをしながら身に付けた料理の腕前を生かし、自分の店を開業することだ。
しかし、この夢を実現させる日がいつになったら訪れるのか、想像もできない。
毎朝暗いうちから中区北倉洞にある日雇い募集所で仕事を探しているが、仕事がなく何もしないで過ごす日の方が多い。
彼らのように、生活を向上させる希望を失った住居難民を苦しめるのは、孤独感と憂うつさだ。
人権委によると、住居難民10人のうち4人(42.1%)が、借金や家庭の不和など、さまざまな理由で家族との連絡を絶っているという。
8日夜7時、ソウル駅近くにある別の漫画喫茶には、1日の仕事を終えて住居難民たちが戻ってきた。
汗びっしょりの50代男性は、片手に漫画の本を手にしながら、「これはもう10回以上読んだ」と語る。
別のテーブルでは何人かがトランプ遊びをしていた。
その傍らでテレビを見つめるキム・ヨンチョルさん(45)に、漫画喫茶での生活について尋ねると、「家を借りる金もないし、一緒に生活する家族がいるわけでもない」と答えた。
その後もいくつか質問してみたが、キムさんは疲れているのか、何も言わずに目を閉じた。
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最低基準に満たない住居
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記事入力 : 2010/08/06 15:05:39
http://www.chosunonline.com/news/20100806000063
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格差社会:全世帯の13%、最低基準に満たない住居で生活
「ホームレス」ではないものの、法律で定める最低住居基準に満たない空間で生活している世帯が206万2000世帯となり、韓国の全世帯の13%を占めている。
これは国土海洋部が、2005年の人口住宅総調査の結果を分析したデータだ。
さらに、全世帯の4.3%に当たる68万3025世帯は、暗くて湿気が多い地下室、夏は暑く冬は寒い屋上の部屋、バラック、ビニールハウスなどで生活し、3人以上の家族が一つの部屋に暮らしている世帯も32万6000世帯に上った。
もしかして、現在の最低住居基準は、現実と大きくかけ離れた理想的なものではないだろうか。
土地住宅研究院のパク・シンヨン研究員は、「(基準と現実は)正反対だ」と指摘した。
政府が2000年に定めた最低住居基準は、
▲台所や水洗トイレ、洗面所が共同使用ではなく、各住戸に設置されている
▲夫婦が年老いた親と同居する場合、最低限、寝室を別に設ける
-といったものだ。
日本と比べると、韓国の住宅政策の現実がはっきりする。
韓国の住宅の最低面積の基準は、独身者が台所付きワンルームに住む場合、12.28平方メートルが最低面積とされている。
これは、日本が1976年に定めた基準(16平方メートル)よりも狭い。
なお、日本では、最低住居基準に満たない住居に住んでいる人は、1978年の14.8%から、2008年には6.7%まで減少した。
』
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『
記事入力 : 2010/08/06 15:05:39
http://www.chosunonline.com/news/20100806000063
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格差社会:全世帯の13%、最低基準に満たない住居で生活
「ホームレス」ではないものの、法律で定める最低住居基準に満たない空間で生活している世帯が206万2000世帯となり、韓国の全世帯の13%を占めている。
これは国土海洋部が、2005年の人口住宅総調査の結果を分析したデータだ。
さらに、全世帯の4.3%に当たる68万3025世帯は、暗くて湿気が多い地下室、夏は暑く冬は寒い屋上の部屋、バラック、ビニールハウスなどで生活し、3人以上の家族が一つの部屋に暮らしている世帯も32万6000世帯に上った。
もしかして、現在の最低住居基準は、現実と大きくかけ離れた理想的なものではないだろうか。
土地住宅研究院のパク・シンヨン研究員は、「(基準と現実は)正反対だ」と指摘した。
政府が2000年に定めた最低住居基準は、
▲台所や水洗トイレ、洗面所が共同使用ではなく、各住戸に設置されている
▲夫婦が年老いた親と同居する場合、最低限、寝室を別に設ける
-といったものだ。
日本と比べると、韓国の住宅政策の現実がはっきりする。
韓国の住宅の最低面積の基準は、独身者が台所付きワンルームに住む場合、12.28平方メートルが最低面積とされている。
これは、日本が1976年に定めた基準(16平方メートル)よりも狭い。
なお、日本では、最低住居基準に満たない住居に住んでいる人は、1978年の14.8%から、2008年には6.7%まで減少した。
』
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マイホームの夢遠い
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『
記事入力 : 2010/08/05 14:56:13
http://www.chosunonline.com/news/20100805000058
http://www.chosunonline.com/news/20100805000059
http://www.chosunonline.com/news/20100805000060
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格差社会:マイホームの夢遠い韓国
大韓民国社会において「マイホーム」は、単に物理的な居住地ではない。
家族全員が寄り添って生活を向上させる「はしご」であると同時に、最悪の貧困に転落しないための支えでもある。
マイホームがあれば、家長が職を失っても家族がバラバラになることはないが、そうでない場合には危機に直面した際、非常に弱い。
拡大成長の時代に、家族を一つにまとめて経済的地位を向上させるという夢を抱かせてくれた「マイホームのはしご」は今や、急速に崩壊している。
■マイホームを失い夢も消えた
京畿道果川市にある「はちみつ集落」内のビニールハウスに住むホン・スンスンさん(59)は、一時はマイホームを基盤に経済的にも社会的にも地位を確立したが、家を失った途端に家族全体の運命が転落したケースだ。
ホンさんは結婚後、夫の両親の援助を受け衣料品輸入会社を立ち上げ、30代の若さでソウル市江南区ノンヒョン洞に37坪(約122平方メートル)のヴィラ(多世帯住宅)を購入した。
その後もホンさんは、この家を拠点にさらに上を目指し、自宅を担保に事業資金を借り入れ、建設現場に工事用のエレベーターを設置する企業を立ち上げた。
事業が好調だったこともあり、ソウル市瑞草区に48坪(約158平方メートル)のヴィラを追加で購入した。
周りからは「金持ち」という声も聞かれた。
息子4人を持つホンさん夫婦は、互いに自分専用の車を所有し、休暇シーズンには海外旅行にも出掛けた。
ホンさんにとって、マイホームはまさに上昇へのはしごだった。
しかし、ホンさん一家の上昇もここまでだった。
アジア通貨危機の影響で、ホンさんは手形の決済ができず、2軒の持ち家を一気に失った。
それ以来、家族全員が一つ屋根の下で寝ることさえぜいたくなこととなった。
ホンさん夫婦は息子を二人ずつ連れて別居した。
ホンさんは京畿道果川市注岩洞に毎月25万ウォン(約1万8000円)の家賃でワンルームを借りた。
ホンさんは「家賃の支払日がすぐにやってくるため、いつも心臓がドキドキしている」と話す。
公共勤労(自治体などによる失業対策のための仕事)による収入が月50万ウォン(約3万6000円)から60万ウォン(約4万3000円)ほどあるが、その半分が家賃で消え、残ったお金で何とか生活していると、またすぐに次の家賃支払日がやってくる。
このままではいけないと悩んだ挙句、ホンさん夫婦は果川市の競馬公園裏にある農園地区に引っ越すことにした。
300軒ほどのビニールハウスがあるが、花を栽培しているのはその半分ほどで、残りはホンさんのように行き場のない人たちが雨風をしのぐ無許可の住居となっている。
ホンさんはビニールハウスの上に黒い幕を張って直射日光を遮り、横にはベニヤ板を建てて壁紙を張り、下にはオンドル用の床材を敷くなどして二つの部屋とリビング、キッチンを作った。
ビニールハウスの隅には簡易シャワー室とくみ取り式のトイレも確保した。
アジア通貨危機直後、この「はちみつ集落」に引っ越して来たのは、ホンさん一家を含めて80世帯。
その後クレジットカード危機、世界的な金融危機などを経て今では250世帯に増え、総勢600人が暮らしている。
年齢も生後2カ月の赤ちゃんから84歳の高齢者までさまざまで、通常は一つのビニールハウスに1-2世帯が生活している。
ホンさんは、
「最初は2-3年ほどここで暮らして自宅を手に入れようと思っていたが、いくら共稼ぎをして頑張っても、金が貯まるペースは住宅価格上昇のペースに追いつかない」
と嘆く。
ホンさんが住むビニールハウス内で、幸せだった過去を思い起させてくれる者といえば、旧式の米国製冷蔵庫と、観賞用の自然石数個だけだ。
■高齢化するマイホーム購入年齢
「はしごが消える」諮問団のパク・シンヨン土地住宅研究院先任研究委員が20年分(1985-2005)の人口住宅総調査結果を調べたところ、 40代半ば(45歳未満)までにマイホームを購入したケースは徐々に減少(85年60.4%→05年53.8%)し、それに伴う形で借家住まいが増加して いったことが分かった。
借家の内訳はチョンセ(高額の補償金を支払って毎月の家賃なしに借りる住宅)が20.1%→25%、毎月家賃を支払う形式が 16.2%→18.2%だった。
つまり若い世代にとっては、マイホームの夢を実現する年齢が徐々に高まっているということだ。
日 本による植民地時代に生まれた世代(1941-45年生まれ)は、10人に6人(60.4%)が45歳までにマイホームを手に入れたが、これが解放直後 (46-50年)に生まれた世代では 53.8%、第1次ベビーブーム世代(51-55年生まれ)は56.6%、第2次ベビーブーム世代(56-60年生まれ)は54.4%、386世代 (61-65年生まれ)では53.8%と、この年齢になるまでにマイホームを手に入れる割合が徐々に低くなったのだ。
主要先進国ではマイホーム保有率が少しずつ上昇しており、またマイホームを保有しない人たち向けの公共賃貸住宅も増加している。
一方、韓国でのマイホーム保有率は、1970年には71.7%にまで上昇したが、2005年には55.6%へと逆に減少した。
パク委員は、
「マイホームというのはさまざまな側面で、社会のセーフティーネットとしての役割を果たしている。そのため、マイホームの夢を実現できなかった人や、それを失った人は、病気や失業などに弱い」
と説明する。
貯蓄や再起するに当たって、住居費が大きな負担となるからだ。
■子に受け継がれる借家暮らし
マイホームの夢が遠ざかるほど、庶民の暮らしは厳しくなる。
全羅北道全州市に住むパク・クムジャさん(67)は、1989年に夫が事業に失敗し、所有していた一軒家を失った。
その後、パクさんは借家に住みながら工事現場の近くで飲食店を営み、7年で6000万ウォン(約430万円)を貯金し、それを元手にマンション団地のショッピングセンター1階に広さ100平方メートルの飲食店を新しく開業した。
しかし、再起に向けた努力もわずか2年で水の泡となった。
建物のオーナーが事業に失敗し、建物そのものが競売にかけられたのだ。
パクさんは 6000万ウォンの補償金を失うことを恐れ、悩んだ末にヤミ金業者や銀行などから2億5000万ウォン(約1800万円)を借りて建物を落札した。
「ここから追い出されてしまったらおしまいだ」という恐怖感が冒険心をあおった。
ところがその直後、アジア通貨危機に見舞われた。
その影響でテナントから毎月の家賃収入が遅れ、銀行の金利も年18%にまで跳ね上がったが、建物の価格は逆に大きく落ち込んだ。
力を振り絞って必死に商売を続けたが、借金はいつの間にか4億ウォン(約2900万円)にまで膨れ上がっていた。
果川市でビニールハウスに住むホン・スンスンさんと同居している末の息子(32)は大手企業に就職したが、ホンさんは息子に対し、「家には生活費を入れなくてもいい」と話した。
息子が完全に自立して結婚できるようになるまで支援する余力がないため、自分の力でマイホームを手に入れ、結婚するように、という親として最後の配慮だった。
しかし、ソウル市永登浦区に住むキム・ウンスンさん(70)にとっては、ホンさんのように安定した仕事を持つ息子がいるだけでもうらやましい話だ。
キムさんは収入が少ないため、一生借家暮らしから抜け出すことができず、子供に十分な教育を受けさせることができなかった。
一人娘のチョン・ウンジュさん(37)も仁川で借家暮らしをしている。
子供の住宅購入に親が援助できなければ、借家暮らしは代々受け継がれていくというわけだ。
キムさんの娘チョンさんは、家政婦やコンビニのアルバイトなどを転々とした末に、仁川にある刺し身店に就職し、毎月110万ウォン(約7万 9000円)の収入を得ている。
若くして離婚したキムさんは、大家に幼い娘を預けてジュース工場や化粧品販売などの仕事をしながら必死に生計を立ててきた。
キムさんは「家賃を支払うと手元にはほとんど残らず、娘を中学校までしかやれなかった」と嘆く。
それがあまりにも申し訳なくて、キムさんは3年前に交通事故に遭った際に受け取った300万ウォン(約22万円)を、娘が家を借りる際の補償金に充てた。
キムさんは補償金800万ウォン(約58万円)の部屋を借りて、一人で暮らしている。
キムさんは町内の公園や市場を周りながら、ボロ切れを拾い集め、不自由な体で自宅の共同トイレを掃除している。
チョンセの補償金を上げるよう求めてこない大家に感謝し、自ら率先して掃除をしているという。
もし補償金が上がれば、キムさんは行くところを失うことになるからだ。
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記事入力 : 2010/08/05 14:56:13
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http://www.chosunonline.com/news/20100805000060
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格差社会:マイホームの夢遠い韓国
大韓民国社会において「マイホーム」は、単に物理的な居住地ではない。
家族全員が寄り添って生活を向上させる「はしご」であると同時に、最悪の貧困に転落しないための支えでもある。
マイホームがあれば、家長が職を失っても家族がバラバラになることはないが、そうでない場合には危機に直面した際、非常に弱い。
拡大成長の時代に、家族を一つにまとめて経済的地位を向上させるという夢を抱かせてくれた「マイホームのはしご」は今や、急速に崩壊している。
■マイホームを失い夢も消えた
京畿道果川市にある「はちみつ集落」内のビニールハウスに住むホン・スンスンさん(59)は、一時はマイホームを基盤に経済的にも社会的にも地位を確立したが、家を失った途端に家族全体の運命が転落したケースだ。
ホンさんは結婚後、夫の両親の援助を受け衣料品輸入会社を立ち上げ、30代の若さでソウル市江南区ノンヒョン洞に37坪(約122平方メートル)のヴィラ(多世帯住宅)を購入した。
その後もホンさんは、この家を拠点にさらに上を目指し、自宅を担保に事業資金を借り入れ、建設現場に工事用のエレベーターを設置する企業を立ち上げた。
事業が好調だったこともあり、ソウル市瑞草区に48坪(約158平方メートル)のヴィラを追加で購入した。
周りからは「金持ち」という声も聞かれた。
息子4人を持つホンさん夫婦は、互いに自分専用の車を所有し、休暇シーズンには海外旅行にも出掛けた。
ホンさんにとって、マイホームはまさに上昇へのはしごだった。
しかし、ホンさん一家の上昇もここまでだった。
アジア通貨危機の影響で、ホンさんは手形の決済ができず、2軒の持ち家を一気に失った。
それ以来、家族全員が一つ屋根の下で寝ることさえぜいたくなこととなった。
ホンさん夫婦は息子を二人ずつ連れて別居した。
ホンさんは京畿道果川市注岩洞に毎月25万ウォン(約1万8000円)の家賃でワンルームを借りた。
ホンさんは「家賃の支払日がすぐにやってくるため、いつも心臓がドキドキしている」と話す。
公共勤労(自治体などによる失業対策のための仕事)による収入が月50万ウォン(約3万6000円)から60万ウォン(約4万3000円)ほどあるが、その半分が家賃で消え、残ったお金で何とか生活していると、またすぐに次の家賃支払日がやってくる。
このままではいけないと悩んだ挙句、ホンさん夫婦は果川市の競馬公園裏にある農園地区に引っ越すことにした。
300軒ほどのビニールハウスがあるが、花を栽培しているのはその半分ほどで、残りはホンさんのように行き場のない人たちが雨風をしのぐ無許可の住居となっている。
ホンさんはビニールハウスの上に黒い幕を張って直射日光を遮り、横にはベニヤ板を建てて壁紙を張り、下にはオンドル用の床材を敷くなどして二つの部屋とリビング、キッチンを作った。
ビニールハウスの隅には簡易シャワー室とくみ取り式のトイレも確保した。
アジア通貨危機直後、この「はちみつ集落」に引っ越して来たのは、ホンさん一家を含めて80世帯。
その後クレジットカード危機、世界的な金融危機などを経て今では250世帯に増え、総勢600人が暮らしている。
年齢も生後2カ月の赤ちゃんから84歳の高齢者までさまざまで、通常は一つのビニールハウスに1-2世帯が生活している。
ホンさんは、
「最初は2-3年ほどここで暮らして自宅を手に入れようと思っていたが、いくら共稼ぎをして頑張っても、金が貯まるペースは住宅価格上昇のペースに追いつかない」
と嘆く。
ホンさんが住むビニールハウス内で、幸せだった過去を思い起させてくれる者といえば、旧式の米国製冷蔵庫と、観賞用の自然石数個だけだ。
■高齢化するマイホーム購入年齢
「はしごが消える」諮問団のパク・シンヨン土地住宅研究院先任研究委員が20年分(1985-2005)の人口住宅総調査結果を調べたところ、 40代半ば(45歳未満)までにマイホームを購入したケースは徐々に減少(85年60.4%→05年53.8%)し、それに伴う形で借家住まいが増加して いったことが分かった。
借家の内訳はチョンセ(高額の補償金を支払って毎月の家賃なしに借りる住宅)が20.1%→25%、毎月家賃を支払う形式が 16.2%→18.2%だった。
つまり若い世代にとっては、マイホームの夢を実現する年齢が徐々に高まっているということだ。
日 本による植民地時代に生まれた世代(1941-45年生まれ)は、10人に6人(60.4%)が45歳までにマイホームを手に入れたが、これが解放直後 (46-50年)に生まれた世代では 53.8%、第1次ベビーブーム世代(51-55年生まれ)は56.6%、第2次ベビーブーム世代(56-60年生まれ)は54.4%、386世代 (61-65年生まれ)では53.8%と、この年齢になるまでにマイホームを手に入れる割合が徐々に低くなったのだ。
主要先進国ではマイホーム保有率が少しずつ上昇しており、またマイホームを保有しない人たち向けの公共賃貸住宅も増加している。
一方、韓国でのマイホーム保有率は、1970年には71.7%にまで上昇したが、2005年には55.6%へと逆に減少した。
パク委員は、
「マイホームというのはさまざまな側面で、社会のセーフティーネットとしての役割を果たしている。そのため、マイホームの夢を実現できなかった人や、それを失った人は、病気や失業などに弱い」
と説明する。
貯蓄や再起するに当たって、住居費が大きな負担となるからだ。
■子に受け継がれる借家暮らし
マイホームの夢が遠ざかるほど、庶民の暮らしは厳しくなる。
全羅北道全州市に住むパク・クムジャさん(67)は、1989年に夫が事業に失敗し、所有していた一軒家を失った。
その後、パクさんは借家に住みながら工事現場の近くで飲食店を営み、7年で6000万ウォン(約430万円)を貯金し、それを元手にマンション団地のショッピングセンター1階に広さ100平方メートルの飲食店を新しく開業した。
しかし、再起に向けた努力もわずか2年で水の泡となった。
建物のオーナーが事業に失敗し、建物そのものが競売にかけられたのだ。
パクさんは 6000万ウォンの補償金を失うことを恐れ、悩んだ末にヤミ金業者や銀行などから2億5000万ウォン(約1800万円)を借りて建物を落札した。
「ここから追い出されてしまったらおしまいだ」という恐怖感が冒険心をあおった。
ところがその直後、アジア通貨危機に見舞われた。
その影響でテナントから毎月の家賃収入が遅れ、銀行の金利も年18%にまで跳ね上がったが、建物の価格は逆に大きく落ち込んだ。
力を振り絞って必死に商売を続けたが、借金はいつの間にか4億ウォン(約2900万円)にまで膨れ上がっていた。
果川市でビニールハウスに住むホン・スンスンさんと同居している末の息子(32)は大手企業に就職したが、ホンさんは息子に対し、「家には生活費を入れなくてもいい」と話した。
息子が完全に自立して結婚できるようになるまで支援する余力がないため、自分の力でマイホームを手に入れ、結婚するように、という親として最後の配慮だった。
しかし、ソウル市永登浦区に住むキム・ウンスンさん(70)にとっては、ホンさんのように安定した仕事を持つ息子がいるだけでもうらやましい話だ。
キムさんは収入が少ないため、一生借家暮らしから抜け出すことができず、子供に十分な教育を受けさせることができなかった。
一人娘のチョン・ウンジュさん(37)も仁川で借家暮らしをしている。
子供の住宅購入に親が援助できなければ、借家暮らしは代々受け継がれていくというわけだ。
キムさんの娘チョンさんは、家政婦やコンビニのアルバイトなどを転々とした末に、仁川にある刺し身店に就職し、毎月110万ウォン(約7万 9000円)の収入を得ている。
若くして離婚したキムさんは、大家に幼い娘を預けてジュース工場や化粧品販売などの仕事をしながら必死に生計を立ててきた。
キムさんは「家賃を支払うと手元にはほとんど残らず、娘を中学校までしかやれなかった」と嘆く。
それがあまりにも申し訳なくて、キムさんは3年前に交通事故に遭った際に受け取った300万ウォン(約22万円)を、娘が家を借りる際の補償金に充てた。
キムさんは補償金800万ウォン(約58万円)の部屋を借りて、一人で暮らしている。
キムさんは町内の公園や市場を周りながら、ボロ切れを拾い集め、不自由な体で自宅の共同トイレを掃除している。
チョンセの補償金を上げるよう求めてこない大家に感謝し、自ら率先して掃除をしているという。
もし補償金が上がれば、キムさんは行くところを失うことになるからだ。
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マイホーム購入までの期間
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記事入力 : 2010/08/05 15:00:54
http://www.chosunonline.com/news/20100805000062
----------------------------------------------------
格差社会:マイホーム購入までの期間、8年間に2.5年延びる
常に家の心配をしなければならない大韓民国
地方の高校を卒業したカン・ヨンジュさん(26)は、ソウルの名門私立大学を卒業し、行政考試(日本の国家公務員第1種試験に相当)を受ける準備をしている。
2005年に父親(54歳)が糖尿で亡くなってからは、母親(54)が総合病院でヘルパーなどの仕事をしながら毎月200万ウォン(約15万円)を稼ぎ、二人の娘をソウル市内の大学に進学させた。
カンさんは行政考試合格、同郷の恋人との結婚、母親との同居など夢は多いが、マイホームを手に入れることは目標にしていない。
カンさんは「親から財産を相続できない場合、ソウルでマイホームを購入することなど無理だ。
わたしも相続する財産がないため、家を買うことなど考えたこともない」と語る。
ソウルで生活する場合、2000年までなら、平均的な所得があれば7.9年分の年収をまったく使わずに貯蓄すれば、家を1軒購入することができた。
しかし、それが08年には10.5年分になった。
結婚後マイホームの夢を実現するまでに必要な期間も、ソウルを基準にすると、2000年の6.7年から08年には9.2年へと長くなった。
これは、韓国土地住宅研究院が分析してはじき出した数値だ。
住宅の問題は、単に価格が高止まりしていることにとどまらない。
土地住宅研究院のパク・シンヨン先任研究委員は、
「貧しければ貧しいほど、収入に占める住居費の割合が高い。これが大きな問題だ」
と指摘する。
08年に国土海洋部が行った調査によると、韓国国民100人が所得の高い順に1列に並んだ場合、前から20番目までの高所得層の住居費は、所得の 5.99%ほどだ。
しかし21番目から60番目までの中間程度の場合はそれが8.96%に、さらに61番目から100番目までの低所得層は同16.23% へと高くなる。
各国の住宅市場で公共賃貸住宅が占める割合を見ると、オランダ34%、スウェーデン23%、英国17.5%、フランス16%、だが、韓国はその半分にも満たない7.8%だ。
また、先進国は公共賃貸住宅が豊富なだけでなく、貧しい人から裕福な人まで、誰でも入居できるよう、さまざまな形での供給制度が整っている。
』
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記事入力 : 2010/08/05 15:00:54
http://www.chosunonline.com/news/20100805000062
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格差社会:マイホーム購入までの期間、8年間に2.5年延びる
常に家の心配をしなければならない大韓民国
地方の高校を卒業したカン・ヨンジュさん(26)は、ソウルの名門私立大学を卒業し、行政考試(日本の国家公務員第1種試験に相当)を受ける準備をしている。
2005年に父親(54歳)が糖尿で亡くなってからは、母親(54)が総合病院でヘルパーなどの仕事をしながら毎月200万ウォン(約15万円)を稼ぎ、二人の娘をソウル市内の大学に進学させた。
カンさんは行政考試合格、同郷の恋人との結婚、母親との同居など夢は多いが、マイホームを手に入れることは目標にしていない。
カンさんは「親から財産を相続できない場合、ソウルでマイホームを購入することなど無理だ。
わたしも相続する財産がないため、家を買うことなど考えたこともない」と語る。
ソウルで生活する場合、2000年までなら、平均的な所得があれば7.9年分の年収をまったく使わずに貯蓄すれば、家を1軒購入することができた。
しかし、それが08年には10.5年分になった。
結婚後マイホームの夢を実現するまでに必要な期間も、ソウルを基準にすると、2000年の6.7年から08年には9.2年へと長くなった。
これは、韓国土地住宅研究院が分析してはじき出した数値だ。
住宅の問題は、単に価格が高止まりしていることにとどまらない。
土地住宅研究院のパク・シンヨン先任研究委員は、
「貧しければ貧しいほど、収入に占める住居費の割合が高い。これが大きな問題だ」
と指摘する。
08年に国土海洋部が行った調査によると、韓国国民100人が所得の高い順に1列に並んだ場合、前から20番目までの高所得層の住居費は、所得の 5.99%ほどだ。
しかし21番目から60番目までの中間程度の場合はそれが8.96%に、さらに61番目から100番目までの低所得層は同16.23% へと高くなる。
各国の住宅市場で公共賃貸住宅が占める割合を見ると、オランダ34%、スウェーデン23%、英国17.5%、フランス16%、だが、韓国はその半分にも満たない7.8%だ。
また、先進国は公共賃貸住宅が豊富なだけでなく、貧しい人から裕福な人まで、誰でも入居できるよう、さまざまな形での供給制度が整っている。
』
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敗者復活の道なき「4050世代」
_
『
記事入力 : 2010/08/04 15:08:41
http://www.chosunonline.com/news/20100804000057
----------------------------------------------------
格差社会:失敗すれば敗者復活の道なき「4050世代」
2000年代初めまで、人生は順調だった。
「建設業界の花形」といわれる総合建設会社の現場監督にまで上りつめた。
ソウル、大邱、釜山など、大韓民国で地下鉄が走る地域なら、どこにでも行った。
年収も6000万ウォン(現在のレートで約430万円、以下同じ)は下らなかった。
2010年5月、ソウル市永登浦区在住のチョ・ジュンヒョクさん(51)は、破産して生活保護受給者となった。
政府から月43万ウォン(約3万1000円)の支援を受け、考試院(受験生向けの貸し部屋)の家賃25万ウォン(約1万8000円)を支払い、残りで何とか食いつないでいる。
釜山で大学を卒業し、現代重工業など韓国有数の企業で勤務し、順調な人生を送ってきたチョさんは、働いて貯めた4億6000万ウォン(約3300万円)を投じ、01年に建設会社を立ち上げたが、この会社が倒産すると、復活の道は断たれた。
国中が未来に向かって駆け上がっていた成長時代。
当時の主人公だった「4050世代(現40-50代)」は今や、転落の滑り台の入り口に立っている。
苦しい環境の中、本人の努力で貧困の鎖を断ち切ったこの世代は、アジア通貨危機やクレジットカード危機、世界的な金融危機の荒波の影響で、次々と貧困層に転落している。
仁川で宅配会社の代理店を経営しているイ・ギョンホさん(50)。
毎月家に入れるのは120万ウォン(約8万6000円)ほどだ。
それでも13年ぶりに希望を感じている。
イさんは中堅貿易会社の営業職として15年働いたが、アジア通貨危機のときにリストラされたのをきっかけに、転落の道を転がり始めた。
タクシードライバーや保険外交員の仕事などを転々とした。
2004年からは食べるのに苦労するようになった。
糖尿病に甲状腺機能低下症を併発。
治療費を支払うと、4人家族はたちまち生活保護受給者となった。
運良くマイクロクレジット(庶民向けの小口無担保融資制度)の対象となって宅配代理店を開業できたが、イさんは、「高3の娘と大学生の息子を無事卒業させられるか心配だ」と話す。
この世代の貧困層を救うセーフティーネットが不十分という不満の声も根強い。
始華工業団地で18年にわたり金型工場を営んできたパクさん(55)は、最近不渡りを出して倒産し、生活保護受給者となった。
パクさんは、
「政府は生活保護受給者にならないよう支援するのではなく、生活保護を受けるようになって初めて支援する。一度転落したら立ち上がる力などなくなってしまうのに」
と不満げに語った。
』
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『
記事入力 : 2010/08/04 15:08:41
http://www.chosunonline.com/news/20100804000057
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格差社会:失敗すれば敗者復活の道なき「4050世代」
2000年代初めまで、人生は順調だった。
「建設業界の花形」といわれる総合建設会社の現場監督にまで上りつめた。
ソウル、大邱、釜山など、大韓民国で地下鉄が走る地域なら、どこにでも行った。
年収も6000万ウォン(現在のレートで約430万円、以下同じ)は下らなかった。
2010年5月、ソウル市永登浦区在住のチョ・ジュンヒョクさん(51)は、破産して生活保護受給者となった。
政府から月43万ウォン(約3万1000円)の支援を受け、考試院(受験生向けの貸し部屋)の家賃25万ウォン(約1万8000円)を支払い、残りで何とか食いつないでいる。
釜山で大学を卒業し、現代重工業など韓国有数の企業で勤務し、順調な人生を送ってきたチョさんは、働いて貯めた4億6000万ウォン(約3300万円)を投じ、01年に建設会社を立ち上げたが、この会社が倒産すると、復活の道は断たれた。
国中が未来に向かって駆け上がっていた成長時代。
当時の主人公だった「4050世代(現40-50代)」は今や、転落の滑り台の入り口に立っている。
苦しい環境の中、本人の努力で貧困の鎖を断ち切ったこの世代は、アジア通貨危機やクレジットカード危機、世界的な金融危機の荒波の影響で、次々と貧困層に転落している。
仁川で宅配会社の代理店を経営しているイ・ギョンホさん(50)。
毎月家に入れるのは120万ウォン(約8万6000円)ほどだ。
それでも13年ぶりに希望を感じている。
イさんは中堅貿易会社の営業職として15年働いたが、アジア通貨危機のときにリストラされたのをきっかけに、転落の道を転がり始めた。
タクシードライバーや保険外交員の仕事などを転々とした。
2004年からは食べるのに苦労するようになった。
糖尿病に甲状腺機能低下症を併発。
治療費を支払うと、4人家族はたちまち生活保護受給者となった。
運良くマイクロクレジット(庶民向けの小口無担保融資制度)の対象となって宅配代理店を開業できたが、イさんは、「高3の娘と大学生の息子を無事卒業させられるか心配だ」と話す。
この世代の貧困層を救うセーフティーネットが不十分という不満の声も根強い。
始華工業団地で18年にわたり金型工場を営んできたパクさん(55)は、最近不渡りを出して倒産し、生活保護受給者となった。
パクさんは、
「政府は生活保護受給者にならないよう支援するのではなく、生活保護を受けるようになって初めて支援する。一度転落したら立ち上がる力などなくなってしまうのに」
と不満げに語った。
』
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はしごを登ることすらできない「2030世代」
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『
記事入力 : 2010/08/04 15:06:00
http://www.chosunonline.com/news/20100804000056
-------------------------------------------------------
格差社会:人生のはしごを登ることすらできない「2030世代」
ソウル市内のある私立大学経営学科を卒業したパクさん(30)は、カナダでの語学研修も経験したが、卒業後4年たっても就職できずにいる。
銀行員として働き退職した父親から、いまだに小遣いをもらって生活している。
パクさんはTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)800点台後半、大学の成績も4点(4.5点満点)に近い。
パクさんは
「大企業10社以上に応募したが、すべて不採用だった。
だからといって、適当な会社に就職したくはないため、いらいらしてストレスがたまる。
このままスタート地点に立つことすらできず、三流人生を送るのかと思うと夜も眠れずつらい」
と話した。
高成長が止まった後に社会へ進出した「2030世代(20代後半から30代前半の世代)」は、「(人生成功への)はしごに一度だけでいいから登ってみたい」と口をそろえる。
ソウル市内の私立大学教育学部を2008年8月に卒業したチェさん(26、女性)は、仕事を4回も変えた。
最初の職場は幼児用教材を作る中小企業だった。
研究開発も行い、創意的な能力を発揮したいと思ったが、ほかの教材をコピーしたり、取引先との接待に連れていかれたりすることの方が多かった。
チェさんは「ここで自分自身の人生を歩めるのかと悩み、会社を辞めた」と話す。
昨年、慶北大学を卒業した就職浪人のイさん(28)は、
「どの企業も、スペック(成績などの外的条件)よりも能力を見ると言うが、いざ応募してみるとそうではない。
海外研修の経験など、経済的余裕がなければ身に付けることが難しい条件で合格している人を見ると、挫折を感じる」
と話した。
何とか就職できても希望が見えないケースが多い。
テレビ番組の外注制作会社でプロデューサーとして働くチョ・ジンファさん(28)の年俸は、 1500万ウォン(約107万円)を少し超える程度。
3年目だが、入社後、年俸は50万ウォン(約3万6000円)上がっただけだ。
同僚の多くは6カ月もたたずに辞めていく。
この苦労を乗り越えたからといって、何か新たな希望が見えるわけでもない。
入社競争がとても激しかった上に、自分のような経歴でほかの会社に移る機会などない。
チョさんは、
「80年代に大学に通った先輩たちが、『わたしたちは3、4社から受けた内定通知を並べて、悩んだ末に就職先を決めていた』と言うのを聞くと、大昔の話のように聞こえる」
と話した。
』
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記事入力 : 2010/08/04 15:06:00
http://www.chosunonline.com/news/20100804000056
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格差社会:人生のはしごを登ることすらできない「2030世代」
ソウル市内のある私立大学経営学科を卒業したパクさん(30)は、カナダでの語学研修も経験したが、卒業後4年たっても就職できずにいる。
銀行員として働き退職した父親から、いまだに小遣いをもらって生活している。
パクさんはTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)800点台後半、大学の成績も4点(4.5点満点)に近い。
パクさんは
「大企業10社以上に応募したが、すべて不採用だった。
だからといって、適当な会社に就職したくはないため、いらいらしてストレスがたまる。
このままスタート地点に立つことすらできず、三流人生を送るのかと思うと夜も眠れずつらい」
と話した。
高成長が止まった後に社会へ進出した「2030世代(20代後半から30代前半の世代)」は、「(人生成功への)はしごに一度だけでいいから登ってみたい」と口をそろえる。
ソウル市内の私立大学教育学部を2008年8月に卒業したチェさん(26、女性)は、仕事を4回も変えた。
最初の職場は幼児用教材を作る中小企業だった。
研究開発も行い、創意的な能力を発揮したいと思ったが、ほかの教材をコピーしたり、取引先との接待に連れていかれたりすることの方が多かった。
チェさんは「ここで自分自身の人生を歩めるのかと悩み、会社を辞めた」と話す。
昨年、慶北大学を卒業した就職浪人のイさん(28)は、
「どの企業も、スペック(成績などの外的条件)よりも能力を見ると言うが、いざ応募してみるとそうではない。
海外研修の経験など、経済的余裕がなければ身に付けることが難しい条件で合格している人を見ると、挫折を感じる」
と話した。
何とか就職できても希望が見えないケースが多い。
テレビ番組の外注制作会社でプロデューサーとして働くチョ・ジンファさん(28)の年俸は、 1500万ウォン(約107万円)を少し超える程度。
3年目だが、入社後、年俸は50万ウォン(約3万6000円)上がっただけだ。
同僚の多くは6カ月もたたずに辞めていく。
この苦労を乗り越えたからといって、何か新たな希望が見えるわけでもない。
入社競争がとても激しかった上に、自分のような経歴でほかの会社に移る機会などない。
チョさんは、
「80年代に大学に通った先輩たちが、『わたしたちは3、4社から受けた内定通知を並べて、悩んだ末に就職先を決めていた』と言うのを聞くと、大昔の話のように聞こえる」
と話した。
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大学卒業から2年、就職者は6割
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『
記事入力 : 2010/08/04 15:02:58
http://www.chosunonline.com/news/20100804000055
--------------------------------------------------
格差社会:大学卒業から2年、就職者は6割
懸命に努力して良い企業に就職し、20-30年間働きながら、引退後の「第二の人生」に備えるというのが、1990年代までの「成長世代」の人生サイクルだった。
韓国社会の教育、就職、住居などに関するさまざまな制度も、こうしたサイクルに合わせて構築されてきた。
しかし、過去の人生サイクルは急速に崩壊の危機に直面している。
大学を卒業しても、就職できないまま挫折してしまい、社会人としての出発さえできない青年が続出。
就職を通じた人生のエスカレーターは機能を失いかけている。
取材班は韓国雇用情報院に委託し、全国の大学342校を2005年2月、04年8月に卒業した約50万人の学生のうち2万6544人について、卒業後4年間の社会進出状況を調査した。
その結果、卒業から2年以内に、定職(1年契約以上)に就くことができたのは10人中6人(64%)にすぎなかった。
1-2年単位の契約職が多数含まれる数値でこの程度だ。
4年後の段階で定職が見つかったのは10人中7人(69%)にとどまった。
この資料によると、大学卒業から2年後に年間大卒者の12万人、4年後には10万人が「ニート」から脱出できずにいることになる。
雇用情報院のチュ・ムンヒョン博士は、
「キャリアアップの道が減り、身分の低迷や転落を招くわなが増えるのは、先進国入り段階の国ではしばしば見られる現象だ。
単純な経済成長や雇用など断片的な政策だけでは解決が困難なため、教育を含む政府レベルでの対応策が求められる」
と指摘した。
さらに深刻な問題は、創業の道が閉ざされつつあることだ。
中小企業研究院のソン・チスン博士を中心とする研究チームが韓国信用評価情報データベースを基に、02年から08年までに創業した2595社を分析したところ、会社設立から7年後に生き残った企業は28%にすぎなかった。
10社のうち7社が 7年以内に倒産したことになる。
特に、会社設立から3年を過ぎたころから廃業率が急速に上昇する傾向にあることも分かった。
企業が創業期から成長期、成熟期に差し掛かる段階で経営に行き詰まっていることになる。
ソン博士は、
「企業の数を増やすことに偏った『量的政策』から、創業後の存続率を高める『質的政策』へと転換する必要がある」
と指摘した。
大学を卒業後、社会の活力となるべき就職、創業のメカニズムは今、重症を患っている。
』
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記事入力 : 2010/08/04 15:02:58
http://www.chosunonline.com/news/20100804000055
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格差社会:大学卒業から2年、就職者は6割
懸命に努力して良い企業に就職し、20-30年間働きながら、引退後の「第二の人生」に備えるというのが、1990年代までの「成長世代」の人生サイクルだった。
韓国社会の教育、就職、住居などに関するさまざまな制度も、こうしたサイクルに合わせて構築されてきた。
しかし、過去の人生サイクルは急速に崩壊の危機に直面している。
大学を卒業しても、就職できないまま挫折してしまい、社会人としての出発さえできない青年が続出。
就職を通じた人生のエスカレーターは機能を失いかけている。
取材班は韓国雇用情報院に委託し、全国の大学342校を2005年2月、04年8月に卒業した約50万人の学生のうち2万6544人について、卒業後4年間の社会進出状況を調査した。
その結果、卒業から2年以内に、定職(1年契約以上)に就くことができたのは10人中6人(64%)にすぎなかった。
1-2年単位の契約職が多数含まれる数値でこの程度だ。
4年後の段階で定職が見つかったのは10人中7人(69%)にとどまった。
この資料によると、大学卒業から2年後に年間大卒者の12万人、4年後には10万人が「ニート」から脱出できずにいることになる。
雇用情報院のチュ・ムンヒョン博士は、
「キャリアアップの道が減り、身分の低迷や転落を招くわなが増えるのは、先進国入り段階の国ではしばしば見られる現象だ。
単純な経済成長や雇用など断片的な政策だけでは解決が困難なため、教育を含む政府レベルでの対応策が求められる」
と指摘した。
さらに深刻な問題は、創業の道が閉ざされつつあることだ。
中小企業研究院のソン・チスン博士を中心とする研究チームが韓国信用評価情報データベースを基に、02年から08年までに創業した2595社を分析したところ、会社設立から7年後に生き残った企業は28%にすぎなかった。
10社のうち7社が 7年以内に倒産したことになる。
特に、会社設立から3年を過ぎたころから廃業率が急速に上昇する傾向にあることも分かった。
企業が創業期から成長期、成熟期に差し掛かる段階で経営に行き詰まっていることになる。
ソン博士は、
「企業の数を増やすことに偏った『量的政策』から、創業後の存続率を高める『質的政策』へと転換する必要がある」
と指摘した。
大学を卒業後、社会の活力となるべき就職、創業のメカニズムは今、重症を患っている。
』
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就職が困難、専門高校
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『
記事入力 : 2010/08/03 15:04:21
http://www.chosunonline.com/news/20100803000064
http://www.chosunonline.com/news/20100803000065
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格差社会:今や就職が困難になった専門高校
「今や工業高校を卒業しても就職できないとは…」
漢陽工業高校の卒業生イさん(39)は現在、中小企業の最高経営責任者(CEO)を務める。
イさんの年俸は1億6000万ウォン(約1150万円)。1990年に漢陽工高を卒業して、短大の電子科に進学した後、「H 工作」という中小企業に就職した。
初年度の年俸は2500万ウォン(約180万円)だった。
イさんは「当時は、無名の大学を卒業した人よりも初年俸が高く、会社でもすぐに認められた」と語った。
20年前まで専門高校は、経済的に苦しい生徒にとって「成功への架け橋」のような存在だった。
イさんの同級生のほとんどは、安定した職場に就職した。
89年2月に同校電子科を卒業したチョン・ヨンサンさん(40)は現在、医療機器会社「バテック」の製造部次長だ。
年俸は5000万ウォン(約 360万円)と、大企業の社員と変わらない。
チョンさんは、「専門高校は技術で勝負するわたしのような人にとって、成功への架け橋だった」と話した。
放射線医療機器メーカー「セヨンNDC」の技術チーム長ノ・グンテクさん(40)は、90年に同校を卒業した。
ノさんは
「われわれの時代は経済的な事情により、多くの生徒が工業高校に進学したが、普通高校や大学を卒業した人よりも早く安定した生活を送ることができた」
と語った。
最近も、よい就職先を求める卒業生がいないわけではない。
昨年同校を卒業したキムさん(19)は、大卒でも入社が難しいといわれる大企業に就職した。
しかし、キムさんの同級生300人のうち、安定した職場に就職できたのはわずかだ。
本紙取材チームは同校に依頼し、89年の電子科卒業生56人と 09年の同科卒業生29人を対象に、卒業後の進路について調査した。
その結果、89年の卒業生は、調査に応じた42人のほとんどが就職していた。
このうち 23人は、卒業後すぐに専攻分野の企業に就職し、13人は非専攻分野に就職した。
残りは大学や短大に進学した。
一方09年の卒業生は、調査に応じた28人のうち、就職したのはわずか一人だった。
卒業生のキムさん(20)は、「短大に進学しても就職は難しいため、友人同士でも将来の話はあまりしない」と話した。
中小企業研究院のキム・セジョン先任研究委員は、「韓国社会は専門高校の卒業生を信用していない。
専門高校はある一定の期間は、『教育の架け橋』的な役割を果たしていたが、今やその機能すら崩壊しつつある」と指摘した。
』
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記事入力 : 2010/08/03 15:04:21
http://www.chosunonline.com/news/20100803000064
http://www.chosunonline.com/news/20100803000065
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格差社会:今や就職が困難になった専門高校
「今や工業高校を卒業しても就職できないとは…」
漢陽工業高校の卒業生イさん(39)は現在、中小企業の最高経営責任者(CEO)を務める。
イさんの年俸は1億6000万ウォン(約1150万円)。1990年に漢陽工高を卒業して、短大の電子科に進学した後、「H 工作」という中小企業に就職した。
初年度の年俸は2500万ウォン(約180万円)だった。
イさんは「当時は、無名の大学を卒業した人よりも初年俸が高く、会社でもすぐに認められた」と語った。
20年前まで専門高校は、経済的に苦しい生徒にとって「成功への架け橋」のような存在だった。
イさんの同級生のほとんどは、安定した職場に就職した。
89年2月に同校電子科を卒業したチョン・ヨンサンさん(40)は現在、医療機器会社「バテック」の製造部次長だ。
年俸は5000万ウォン(約 360万円)と、大企業の社員と変わらない。
チョンさんは、「専門高校は技術で勝負するわたしのような人にとって、成功への架け橋だった」と話した。
放射線医療機器メーカー「セヨンNDC」の技術チーム長ノ・グンテクさん(40)は、90年に同校を卒業した。
ノさんは
「われわれの時代は経済的な事情により、多くの生徒が工業高校に進学したが、普通高校や大学を卒業した人よりも早く安定した生活を送ることができた」
と語った。
最近も、よい就職先を求める卒業生がいないわけではない。
昨年同校を卒業したキムさん(19)は、大卒でも入社が難しいといわれる大企業に就職した。
しかし、キムさんの同級生300人のうち、安定した職場に就職できたのはわずかだ。
本紙取材チームは同校に依頼し、89年の電子科卒業生56人と 09年の同科卒業生29人を対象に、卒業後の進路について調査した。
その結果、89年の卒業生は、調査に応じた42人のほとんどが就職していた。
このうち 23人は、卒業後すぐに専攻分野の企業に就職し、13人は非専攻分野に就職した。
残りは大学や短大に進学した。
一方09年の卒業生は、調査に応じた28人のうち、就職したのはわずか一人だった。
卒業生のキムさん(20)は、「短大に進学しても就職は難しいため、友人同士でも将来の話はあまりしない」と話した。
中小企業研究院のキム・セジョン先任研究委員は、「韓国社会は専門高校の卒業生を信用していない。
専門高校はある一定の期間は、『教育の架け橋』的な役割を果たしていたが、今やその機能すら崩壊しつつある」と指摘した。
』
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大卒の親と高卒の親
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記事入力 : 2010/08/03 15:00:01
http://www.chosunonline.com/news/20100803000061
http://www.chosunonline.com/news/20100803000062
http://www.chosunonline.com/news/20100803000063
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格差社会:大卒の親と高卒の親、子どもの入試で20点の差
両親の学歴や経済力によって、修能試験やTOEICの点数に差
隙だらけの「平準化政策」が低所得層には悪夢に
教育を通じ、地位向上の機会を与える目的で導入された「教育のはしご」政策は、保守派・進歩派を問わず、韓国で最も重要な政策として位置付けられている。
「自律と競争」を掲げる李明博(イ・ミョンバク)政権も、「平等と参加」を掲げた盧武鉉(ノ・ムヒョン)前政権も、「どぶから竜が出る(地位の低い家から立派な人物が出る)」社会を築こうというスローガンでは共通している。
しかし、「教育のはしごを修復せよ」という勇ましい掛け声の割には、芳しい結果が得られていないことが分かった。
親たちの学歴が、子どもの大学修学能力試験(修能=日本の大学入試センター試験に相当)の成績、国際コミュニケーション英語能力テスト(TOEIC)の点数、さらには就職後の給与水準にまで大きな影響を与えているためだ。
本紙の調査班が分析した結果、「はしごの修復」が順調に進んでいない上に、教育水準の二極化がむしろ深刻化していることが明らかになった。
■両親の学歴などによって修能の成績やTOEICの点数に差
子どもの修能試験の成績やTOEICの点数、就職後の給与水準は、保護者の学歴や経済力などによってどれほど格差が生じているのだろうか。
取材班はこの点について、韓国開発研究院のキム・ヒサム研究員に分析を依頼した。
キム研究員は、農山漁村以外の地域に住む勤労者世帯5000世帯を対象に、保護者の学歴や経済力などの指標ごとに、子どもの修能試験の成績、TOEICの点数、就職後の初任給の水準を算出した。
その結果、大学に入学するための第一関門となる修能試験の成績は、保護者の学歴などによって差が生じていることが分かった。
両親とも大卒の場合、子どもの修能試験の平均点は256.2点で、両親とも高卒以下の場合(236.4点)に比べ19.8点高い結果となった。
保護者の学歴や経済力などによる差が最も大きかったのは、就職に必須とされるTOEICの点数だった。
世帯所得が100万ウォン(約7万1000 円)増えるにつれ、子どものTOEICの点数は21点ずつ高くなった。
また、両親とも大卒の場合、子どものTOEICの平均点は741.9点となり、両親とも高卒以下の場合(667.6点)に比べ74.3点高い結果となった。
こうした英語力における格差は結局、子どもが就職した後の賃金にも結び付いている。
両親とも大卒の場合、初任給の平均は202万9009ウォン(約14万4700円)である一方、両親とも高卒以下の場合は、156万4458ウォン(約11万1600円)にとどまった。
キム研究員は「修能試験の点数が同じだった人でも、両親が大卒の場合と、高卒以下の場合、就職後の賃金の差は1時間当たり24.4%にもなる。
保護者の学歴や経済力が、子どもの代にも引き継がれるということが判明した」と指摘した。
だが、政府が「どぶから竜が出る社会を築く」として推進した「教育のはしご」の修復策は、欠陥だらけだった。
■入学させるだけで、あとは放置
サンミンさん(仮名)=13=の家族は生活保護を受けているが、サンミンさんは学校の成績が優秀で、誰もがうらやむエリート校、国際中学校に合格した。
今年3月に入学したとき、母親のヤン・ギョンミさん(仮名)=45=は、「空を飛んでいるかのようだ」と喜んだ。ところが今、ヤンさんは毎日、精神的苦痛を感じているという。
入学説明会のとき、学校側は「学費が免除される『社会的な配慮の対象者』として合格したため、学費の心配をせず勉学に励んでほしい」と説明した。
ところが、入学してみると、
▲英語集中講義の費用20万ウォン(約1万4000円)
▲スクールバスの利用料87万ウォン(約6万2000円)
▲体育プログラムの費用37万ウォン(約2万6000円)
▲夏休みの海外ボランティア活動費約100万ウォン
など、4カ月で計250万ウォン(約18万 5000円)を支払うように、という通知が送られてきた。
授業料は無料だが、そのほかの教育活動費は個人で負担しなければならないというわけだ。
4年前に夫と離婚したヤンさんの収入は、生活保護費を合わせても、月に95万ウォン(約6万8000円)程度だ。
ヤンさんは「今は知り合いからお金を借りたり、信用回復委員会から少額の融資を受けながら何とかやり繰りしているが、いずれ国際中へ通わせるのを断念しなければならないかもしれない」と話した。
低所得層に「配慮」する政策が、低所得層にとって「悪夢」となったのは、政策設計が隙だらけだからだ。
低所得層に入学の道が開けたのはいいが、受け入れた生徒が学校に通い、十分な教育を受けるための実質的な支援が整っていないというわけだ。
2005年、専門高校出身者特別入試でソウルのA大学に入学したYさん(24)もまた、同じような悩みを抱えている。
専門高校の出身者を対象とした特別入試だったため、修能試験の成績ランクが3-5であっても、名門私大に合格できたが、それはあくまで「入学許可」にすぎなかった。
Yさんは「修能試験の成績が低い専門高校出身者に対しては、特別入試で入学を認めた以上、工業数学などの難しい科目を教えてくれるプログラムがあると思っていた。
ただ入学させるだけで、あとは放置されたため、疎外感を感じ、数カ月で大学を辞めた友人も少なくない」と話した。
■「平準化の幻想」がもたらした逆説
専門家たちは、
「現実的に、学生・生徒たちの貧富の差によって学力に差が生じているのは確かだが、公教育が単に『学生・生徒・児童を同じように教えていかねばならない』という、『平準化の幻想』に取りつかれていることが、最も大きな問題だ」
と指摘した。
問題点を探らないまま政策を講じたため、隙だらけの政策にならざるを得なかったというわけだ。
2003年に導入された修能試験の成績ランク制度は、代表的な欠陥政策といえる。
政府は当時、「修能試験を事実上の資格試験と位置付け、内申点の比重を高めれば、私教育の恩恵を受けることのできない生徒たちも、一流大学に入学することができる」と豪語していた。
ところが、この制度は逆の結果をもたらした。「内申点、修能試験の成績、小論文の成績をすべて向上させなければ生き残れない」といううわさが広まり、学習塾は活況を呈したが、低所得層にとっては直撃弾となった。
教育によって所得や社会的地位の格差が拡大したにもかかわらず、「平準化政策」を維持するため、教育の格差に関する資料を隠したことも問題だった。
最近公開された、修能試験の高校別の成績を分析したところ、平準化政策の対象地域だったソウル市でも、低所得層が多く住む衿川区や九老区では学力の低下が際立っていることが分かった。
中央大のイ・ソンホ教授(教育学)は、
「現時点での学力の差を認め、個人に合わせた対策を講じることによって、教育の格差を縮めることができる。
すべての学校や生徒・児童を同一視する、空虚な理想論が問題だ」
と指摘した。
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記事入力 : 2010/08/03 15:00:01
http://www.chosunonline.com/news/20100803000061
http://www.chosunonline.com/news/20100803000062
http://www.chosunonline.com/news/20100803000063
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格差社会:大卒の親と高卒の親、子どもの入試で20点の差
両親の学歴や経済力によって、修能試験やTOEICの点数に差
隙だらけの「平準化政策」が低所得層には悪夢に
教育を通じ、地位向上の機会を与える目的で導入された「教育のはしご」政策は、保守派・進歩派を問わず、韓国で最も重要な政策として位置付けられている。
「自律と競争」を掲げる李明博(イ・ミョンバク)政権も、「平等と参加」を掲げた盧武鉉(ノ・ムヒョン)前政権も、「どぶから竜が出る(地位の低い家から立派な人物が出る)」社会を築こうというスローガンでは共通している。
しかし、「教育のはしごを修復せよ」という勇ましい掛け声の割には、芳しい結果が得られていないことが分かった。
親たちの学歴が、子どもの大学修学能力試験(修能=日本の大学入試センター試験に相当)の成績、国際コミュニケーション英語能力テスト(TOEIC)の点数、さらには就職後の給与水準にまで大きな影響を与えているためだ。
本紙の調査班が分析した結果、「はしごの修復」が順調に進んでいない上に、教育水準の二極化がむしろ深刻化していることが明らかになった。
■両親の学歴などによって修能の成績やTOEICの点数に差
子どもの修能試験の成績やTOEICの点数、就職後の給与水準は、保護者の学歴や経済力などによってどれほど格差が生じているのだろうか。
取材班はこの点について、韓国開発研究院のキム・ヒサム研究員に分析を依頼した。
キム研究員は、農山漁村以外の地域に住む勤労者世帯5000世帯を対象に、保護者の学歴や経済力などの指標ごとに、子どもの修能試験の成績、TOEICの点数、就職後の初任給の水準を算出した。
その結果、大学に入学するための第一関門となる修能試験の成績は、保護者の学歴などによって差が生じていることが分かった。
両親とも大卒の場合、子どもの修能試験の平均点は256.2点で、両親とも高卒以下の場合(236.4点)に比べ19.8点高い結果となった。
保護者の学歴や経済力などによる差が最も大きかったのは、就職に必須とされるTOEICの点数だった。
世帯所得が100万ウォン(約7万1000 円)増えるにつれ、子どものTOEICの点数は21点ずつ高くなった。
また、両親とも大卒の場合、子どものTOEICの平均点は741.9点となり、両親とも高卒以下の場合(667.6点)に比べ74.3点高い結果となった。
こうした英語力における格差は結局、子どもが就職した後の賃金にも結び付いている。
両親とも大卒の場合、初任給の平均は202万9009ウォン(約14万4700円)である一方、両親とも高卒以下の場合は、156万4458ウォン(約11万1600円)にとどまった。
キム研究員は「修能試験の点数が同じだった人でも、両親が大卒の場合と、高卒以下の場合、就職後の賃金の差は1時間当たり24.4%にもなる。
保護者の学歴や経済力が、子どもの代にも引き継がれるということが判明した」と指摘した。
だが、政府が「どぶから竜が出る社会を築く」として推進した「教育のはしご」の修復策は、欠陥だらけだった。
■入学させるだけで、あとは放置
サンミンさん(仮名)=13=の家族は生活保護を受けているが、サンミンさんは学校の成績が優秀で、誰もがうらやむエリート校、国際中学校に合格した。
今年3月に入学したとき、母親のヤン・ギョンミさん(仮名)=45=は、「空を飛んでいるかのようだ」と喜んだ。ところが今、ヤンさんは毎日、精神的苦痛を感じているという。
入学説明会のとき、学校側は「学費が免除される『社会的な配慮の対象者』として合格したため、学費の心配をせず勉学に励んでほしい」と説明した。
ところが、入学してみると、
▲英語集中講義の費用20万ウォン(約1万4000円)
▲スクールバスの利用料87万ウォン(約6万2000円)
▲体育プログラムの費用37万ウォン(約2万6000円)
▲夏休みの海外ボランティア活動費約100万ウォン
など、4カ月で計250万ウォン(約18万 5000円)を支払うように、という通知が送られてきた。
授業料は無料だが、そのほかの教育活動費は個人で負担しなければならないというわけだ。
4年前に夫と離婚したヤンさんの収入は、生活保護費を合わせても、月に95万ウォン(約6万8000円)程度だ。
ヤンさんは「今は知り合いからお金を借りたり、信用回復委員会から少額の融資を受けながら何とかやり繰りしているが、いずれ国際中へ通わせるのを断念しなければならないかもしれない」と話した。
低所得層に「配慮」する政策が、低所得層にとって「悪夢」となったのは、政策設計が隙だらけだからだ。
低所得層に入学の道が開けたのはいいが、受け入れた生徒が学校に通い、十分な教育を受けるための実質的な支援が整っていないというわけだ。
2005年、専門高校出身者特別入試でソウルのA大学に入学したYさん(24)もまた、同じような悩みを抱えている。
専門高校の出身者を対象とした特別入試だったため、修能試験の成績ランクが3-5であっても、名門私大に合格できたが、それはあくまで「入学許可」にすぎなかった。
Yさんは「修能試験の成績が低い専門高校出身者に対しては、特別入試で入学を認めた以上、工業数学などの難しい科目を教えてくれるプログラムがあると思っていた。
ただ入学させるだけで、あとは放置されたため、疎外感を感じ、数カ月で大学を辞めた友人も少なくない」と話した。
■「平準化の幻想」がもたらした逆説
専門家たちは、
「現実的に、学生・生徒たちの貧富の差によって学力に差が生じているのは確かだが、公教育が単に『学生・生徒・児童を同じように教えていかねばならない』という、『平準化の幻想』に取りつかれていることが、最も大きな問題だ」
と指摘した。
問題点を探らないまま政策を講じたため、隙だらけの政策にならざるを得なかったというわけだ。
2003年に導入された修能試験の成績ランク制度は、代表的な欠陥政策といえる。
政府は当時、「修能試験を事実上の資格試験と位置付け、内申点の比重を高めれば、私教育の恩恵を受けることのできない生徒たちも、一流大学に入学することができる」と豪語していた。
ところが、この制度は逆の結果をもたらした。「内申点、修能試験の成績、小論文の成績をすべて向上させなければ生き残れない」といううわさが広まり、学習塾は活況を呈したが、低所得層にとっては直撃弾となった。
教育によって所得や社会的地位の格差が拡大したにもかかわらず、「平準化政策」を維持するため、教育の格差に関する資料を隠したことも問題だった。
最近公開された、修能試験の高校別の成績を分析したところ、平準化政策の対象地域だったソウル市でも、低所得層が多く住む衿川区や九老区では学力の低下が際立っていることが分かった。
中央大のイ・ソンホ教授(教育学)は、
「現時点での学力の差を認め、個人に合わせた対策を講じることによって、教育の格差を縮めることができる。
すべての学校や生徒・児童を同一視する、空虚な理想論が問題だ」
と指摘した。
』
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教育の二極化
_
『
記事入力 : 2010/08/03 15:08:02
http://www.chosunonline.com/news/20100803000066
http://www.chosunonline.com/news/20100803000067
-------------------------------------------------
格差社会:教育の二極化、韓国は米国より深刻
「トンビがタカを生む『韓国神話』」崩壊
米は最上層・最下層とも成績アップ、韓国は学力差がさらに拡大
知的財産権分野でトップクラスの実績を誇る呉官錫(オ・グァンソク)弁護士(48)=キム&チャン法律事務所=は1981年、ソウル大学法学部に進学する際の予備考査で全国1位になった。
当時、メディアのインタビューを受けた同氏は、1位になる秘訣(ひけつ)について、「学校の授業をしっかり予習・復習すること」と語った。
済州島出身の呉弁護士は、8歳のときに父親を亡くし、母親と兄弟3人で、親類の援助を受けながら生活していた。
塾どころか学費すらまもとに払うことができず、中学と高校は生徒雑誌社からの奨学金で何とか通うことができた。
後に呉弁護士は、ソウル大学法学部を首席で卒業、韓国の最上層にまで上り詰めた。
記者が30年前の話を切り出すと、呉弁護士は「あのころはどんなに困難な状況でも、歯を食いしばって頑張れば必ず成功すると信じていた」と語った。
貧しくても一生懸命勉強さえすれば、いい大学に入れて、いい就職先が見つかり、中上位層になれる「教育という名の下の『階層を上るはしご』」は、まだ健在なのだろうか。
取材チームの依頼により、顧問団のキム・ギョングン高麗大学教授(教育学)が韓国と米国の「教育のはしご」の現在地を分析した。
46カ国で満13歳(中学2年生相当)の生徒たちを評価する「国際数学・理科教育調査(TIMSS)」の成績(1999-2007年)を基に、親の学歴や所得といった経済的・社会的背景が、両国生徒の点数格差にどれだけ影響しているのかを計算してみた。
分析は、親の経済的・社会的地位により最上層(上位2.3%)、中流層(上位50%)、最下層(下位2.3%)の3階層に分けて実施された。
その結果、過去8年間で、米国は所得に関係なく、すべての階層で数学の成績が26.0-28.7点上がっていた。
一方、韓国では最上層は22点上がったものの、最下層は2.6点下がっていた。
教育の二極化という面で、米国は「現状維持」だったのに対し、韓国は各家庭の経済力による子供の成績格差が 8年間で24.6点も広がり、二極化が進んだということだ。
2007年の結果を見ると、韓国の最上層と最下層(経済的・社会的地位の上位と下位各2.3%)の点数格差は128.0点で、米国の両階層間の点差71.5点に比べ1.8倍も拡大していた。
つまり、家庭の経済事情で子供の成績が左右される幅が米国よりはるかに大きく、「教育のはしご」は米国よりも大幅に崩壊しているということだ。
これについて、キム・ギョングン教授は
「2000年代以降、韓国の経済二極化が米国より速く進んだことも作用したといえる。
だが、何よりも『3不政策』(日本の大学入試センター試験に相当する大学修学能力試験以外の入学試験禁止・高校ランク付け禁止・寄付金による大学入学禁 止)や無償給食など、硬直化した教育政策論争にとらわれ、経済的・社会的弱者に必要な実効性のある対策について議論が足りなかった」
と話している。
「教育のはしご」の崩壊は、結果的に低所得層の無気力感を拡大させ、社会的な確執を生む要素となる。
ソウル市蘆原区の低所得層向け賃貸集合住宅に住むチェ・イルヒョンさん(20)=仮名=は、「希望がない」と話す若者の一人だ。チェさんは小学校入学前に 父親を亡くし、月40万ウォン(約2万8000円)の基礎生活需給費(生活保護)を受け取りながら、中卒の母親と二人で暮らしている。
小学校の時は成績がクラスで5位くらいだったため、「教育のはしご」を上る希望があった。
しかし、「中学以降は毎日が下り坂だった」とチェさんは振り返る。
中学1年のとき、初めての英語の授業で先生が「read(読む)という単語が分からない人、手を挙げて」と尋ねた。
教室にいた33人のうち、手を挙げたのはチェさんを含め、塾に通っていなかった3人だけだった。
チェさんは
「そのとき、大きな『壁』を感じた。学校ではほとんどの先生が塾に通う子供たちのレベルに合わせて授業をしていたため、付いていけなかった」
と話す。
チェさんは昨年、大学修学能力試験を受けたが、2大学、1専門大学(短期大学に相当)ともにすべて不合格だった。
最近はデパートの職員用食堂でアルバイトをしているが、夜8時まで働いても、1カ月の給与は約80万ウォン(約5万7000円)、時給4110ウォン(約290円)ほどだ。
チェさんに、なぜ浪人して予備校で勉強しないのか聞いてみると、「予備校の授業料は1カ月に50万ウォン(約3万5000円)もかかるが、そんなお金はない。
もう1年勉強したところで、何年も塾や予備校で勉強しているほかの受験生と競い合えるとは思えない」と言った。
カトリック大学の成基善(ソン・ギソン)教授(教育社会学)は、
「階層を循環させ、上位層には緊張感を、下位層には希望を与える教育本来の機能がきちんと作用していない。
勉強することで階層を乗り越えられるという教育制度が機能しなければ、社会不安や確執の拡大につながる可能性もある」
と懸念を示した。
現場の声を聞こうと、取材チームは低所得層家庭の中高生や青年24人(15-27歳)を対象に電話または面談によるインタビューを行った。
このうち、「中高生のころ、身近にロールモデル(手本になる人)がいた」と回答したのは4人(16.6%)に過ぎず、24人全員が「学校の授業だけでは、塾などで勉強している生徒に付いていけなかった」と回答した。
「来年は何をしていると思うか」という質問に対し、23人は「具体的な計画はない」とし、一人は「入隊」と答えた。
「教育のはしご」から転落した人々には、むしろ夢も目標もなかった。
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記事入力 : 2010/08/03 15:08:02
http://www.chosunonline.com/news/20100803000066
http://www.chosunonline.com/news/20100803000067
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格差社会:教育の二極化、韓国は米国より深刻
「トンビがタカを生む『韓国神話』」崩壊
米は最上層・最下層とも成績アップ、韓国は学力差がさらに拡大
知的財産権分野でトップクラスの実績を誇る呉官錫(オ・グァンソク)弁護士(48)=キム&チャン法律事務所=は1981年、ソウル大学法学部に進学する際の予備考査で全国1位になった。
当時、メディアのインタビューを受けた同氏は、1位になる秘訣(ひけつ)について、「学校の授業をしっかり予習・復習すること」と語った。
済州島出身の呉弁護士は、8歳のときに父親を亡くし、母親と兄弟3人で、親類の援助を受けながら生活していた。
塾どころか学費すらまもとに払うことができず、中学と高校は生徒雑誌社からの奨学金で何とか通うことができた。
後に呉弁護士は、ソウル大学法学部を首席で卒業、韓国の最上層にまで上り詰めた。
記者が30年前の話を切り出すと、呉弁護士は「あのころはどんなに困難な状況でも、歯を食いしばって頑張れば必ず成功すると信じていた」と語った。
貧しくても一生懸命勉強さえすれば、いい大学に入れて、いい就職先が見つかり、中上位層になれる「教育という名の下の『階層を上るはしご』」は、まだ健在なのだろうか。
取材チームの依頼により、顧問団のキム・ギョングン高麗大学教授(教育学)が韓国と米国の「教育のはしご」の現在地を分析した。
46カ国で満13歳(中学2年生相当)の生徒たちを評価する「国際数学・理科教育調査(TIMSS)」の成績(1999-2007年)を基に、親の学歴や所得といった経済的・社会的背景が、両国生徒の点数格差にどれだけ影響しているのかを計算してみた。
分析は、親の経済的・社会的地位により最上層(上位2.3%)、中流層(上位50%)、最下層(下位2.3%)の3階層に分けて実施された。
その結果、過去8年間で、米国は所得に関係なく、すべての階層で数学の成績が26.0-28.7点上がっていた。
一方、韓国では最上層は22点上がったものの、最下層は2.6点下がっていた。
教育の二極化という面で、米国は「現状維持」だったのに対し、韓国は各家庭の経済力による子供の成績格差が 8年間で24.6点も広がり、二極化が進んだということだ。
2007年の結果を見ると、韓国の最上層と最下層(経済的・社会的地位の上位と下位各2.3%)の点数格差は128.0点で、米国の両階層間の点差71.5点に比べ1.8倍も拡大していた。
つまり、家庭の経済事情で子供の成績が左右される幅が米国よりはるかに大きく、「教育のはしご」は米国よりも大幅に崩壊しているということだ。
これについて、キム・ギョングン教授は
「2000年代以降、韓国の経済二極化が米国より速く進んだことも作用したといえる。
だが、何よりも『3不政策』(日本の大学入試センター試験に相当する大学修学能力試験以外の入学試験禁止・高校ランク付け禁止・寄付金による大学入学禁 止)や無償給食など、硬直化した教育政策論争にとらわれ、経済的・社会的弱者に必要な実効性のある対策について議論が足りなかった」
と話している。
「教育のはしご」の崩壊は、結果的に低所得層の無気力感を拡大させ、社会的な確執を生む要素となる。
ソウル市蘆原区の低所得層向け賃貸集合住宅に住むチェ・イルヒョンさん(20)=仮名=は、「希望がない」と話す若者の一人だ。チェさんは小学校入学前に 父親を亡くし、月40万ウォン(約2万8000円)の基礎生活需給費(生活保護)を受け取りながら、中卒の母親と二人で暮らしている。
小学校の時は成績がクラスで5位くらいだったため、「教育のはしご」を上る希望があった。
しかし、「中学以降は毎日が下り坂だった」とチェさんは振り返る。
中学1年のとき、初めての英語の授業で先生が「read(読む)という単語が分からない人、手を挙げて」と尋ねた。
教室にいた33人のうち、手を挙げたのはチェさんを含め、塾に通っていなかった3人だけだった。
チェさんは
「そのとき、大きな『壁』を感じた。学校ではほとんどの先生が塾に通う子供たちのレベルに合わせて授業をしていたため、付いていけなかった」
と話す。
チェさんは昨年、大学修学能力試験を受けたが、2大学、1専門大学(短期大学に相当)ともにすべて不合格だった。
最近はデパートの職員用食堂でアルバイトをしているが、夜8時まで働いても、1カ月の給与は約80万ウォン(約5万7000円)、時給4110ウォン(約290円)ほどだ。
チェさんに、なぜ浪人して予備校で勉強しないのか聞いてみると、「予備校の授業料は1カ月に50万ウォン(約3万5000円)もかかるが、そんなお金はない。
もう1年勉強したところで、何年も塾や予備校で勉強しているほかの受験生と競い合えるとは思えない」と言った。
カトリック大学の成基善(ソン・ギソン)教授(教育社会学)は、
「階層を循環させ、上位層には緊張感を、下位層には希望を与える教育本来の機能がきちんと作用していない。
勉強することで階層を乗り越えられるという教育制度が機能しなければ、社会不安や確執の拡大につながる可能性もある」
と懸念を示した。
現場の声を聞こうと、取材チームは低所得層家庭の中高生や青年24人(15-27歳)を対象に電話または面談によるインタビューを行った。
このうち、「中高生のころ、身近にロールモデル(手本になる人)がいた」と回答したのは4人(16.6%)に過ぎず、24人全員が「学校の授業だけでは、塾などで勉強している生徒に付いていけなかった」と回答した。
「来年は何をしていると思うか」という質問に対し、23人は「具体的な計画はない」とし、一人は「入隊」と答えた。
「教育のはしご」から転落した人々には、むしろ夢も目標もなかった。
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貧困の繰り返し
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記事入力 : 2010/08/02 15:11:58
http://www.chosunonline.com/news/20100802000061
http://www.chosunonline.com/news/20100802000062
http://www.chosunonline.com/news/20100802000063
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格差社会:貧困の繰り返しにあえぐ人たち
7月2日午前8時、路地裏にある一軒家の門が開いた。
ソウル市永登浦区にある住宅の2階(66平方メートル)から、女子高生3人と小学生が次々と降りてきた。
祖母のパク・ゴンスンさん(71)は、疲れ果てた表情で家の掃除を始めた。
「まさに戦争ですよ。年ごろの孫娘たちが一度に顔を洗うので、排水溝は毎朝詰まってしまいます」
パクさんは食堂で働きながら、5人の子供を高校に行かせた。
子供たちにある程度の学歴があれば、勉強などしたことのない自分よりは楽な人生を送れると思い、懸命に育てた。
ところが、アジア通貨危機を前後し、パクさん一家に大きな試練が訪れた。
小さな商店を経営していた息子たちの仕事が次々と行き詰まってしまったのだ。
長女(46)は家出し、二人の孫をパクさんが引き取った。
しかし今度は、食堂で働く次女(44)が飲食店の経営に行き詰まり、、息子と娘を連れて実家に戻ってきた。
パクさんはこれまで、デパートで清掃員として働く独身の長男(47)と二人で生活していたが、2部屋しかないこの借家に大人3人、子供 4人で暮らすようになった。
長男は最近、外のサウナで寝ることが多いという。
■5世帯に3世帯が転落の経験
パクさんのように、アジア通貨危機をきっかけに貧困へと転落したケースはどれくらいあるのだろうか。
本紙が社会統合委員会と共同で10年分の「韓国労働パネル調査」(1998-2007)を詳しく分析したところ、都市に住む家庭の5世帯に3世帯に当たる57%が、ここ10年間に1回以上、貧困に陥った経験があることが分かった。
また、5世帯に1世帯(23.7%)は5年以上にわたり、貧困から抜け出せずにいる。
労働パネルとは、政府が毎年、全国の都市部に暮らす5000世帯の生活状況を調査した資料だ。
分析チームのリーダーを務めた社会統合委員会のノ・デミョン委員は、
「今は中産層だが、貧困のラインギリギリでいつ転落するか分からないケースも増えている」
と話す。
このように、生活が楽になったと思えば再び転落する現象を、専門家は「反復貧困」と呼んでいる。
反復貧困は文字通り、波のように繰り返し「ワーキングプア」を苦しめる。
今回の分析によると、5年以上にわたり貧困に苦しむ階層の中で、身体に障害がある人や、高齢で社会に頼らざるを得ない人は少数(19%)だ。
大部分の人は仕事をする能力があり、実際に働いているが、生活が改善しないワーキングプアだった。
専門家はワーキングプアの数を300万人以上と試算しているが、イ・ヒョンスクさん(61)もその一人だ。
■「しっかり者」女性の貧困への転落
イさんはかつて貿易会社に勤務していたとき、中小企業で経理の仕事をしていた今の夫と知り合った。
結婚から6年後、ソウル江北地区に一軒家を購入し、周りからは「しっかり者」などと呼ばれていたが、アジア通貨危機でイさんが積み上げてきたすべてが一気に崩壊した。
夫の会社が倒産しただけでなく、夫が保証書にサインしていたため、自宅も失ってしまった。
夫は多重債務者に、イさんは生活保護の受給者となった。
イさんはその後、電話相談員として再就職した。
教育だけが生き残る道と考えたイさんは、賃貸住宅に住み毎月の家賃を支払いながら、手持ちのわずかな資金で息子と娘を塾に行かせた。
必死に働いてきたおかげで長女(28)が政府系企業に就職し、毎月150万ウォン(約11万円)の給料を受け取るようになった。
息子(25)も名門大学に入り、複数のアルバイトを掛け持ちしながら月100万ウォン(約7万1000円)を稼いだ。
家族全員の収入をかき集め、7000万ウォン(約 500万円)の資金を準備してチョンセ(家を借りるために家主に支払う高額の保証金)に充て、生活保護受給者から抜け出した。
しかし、その後の暮らしも順調にはいかなかった。
イさんは6月、相談員を定年退職した。
夫は体調を崩し働くことができない状態で、息子は軍に入隊している。
もう一度生活保護を受けようと住民センターに相談したが、「娘に収入がある」という理由で却下された。
「娘は嫁いだため、実家の家族を養うことはできない」と説明したが、受け入れてもらえなかった。
イさんは「食べていくのも大変で、気が狂いそうだ。貧困から抜け出そうとこれまで必死で働いてきたのに、また奈落の底に突き落されたような気分だ」と話す。
■低迷状態の貧困脱出率
1990年代前半(1989-95)までは、高速成長によりすべてが上向きだった。
上昇のペースに違いがあっただけで、誰もが経済状況を改善させていた。
前述のパクさんは若いころ、電気もない藁屋に住んでいたが、その後、蛇口をひねれば温水が出るような住宅に引っ越した。
自分は教育をまともに受けたことはなかったが、子供たちは高校まで行かせた。
イさんも、何もないところからスタートし、30代半ばでマイホームを手に入れた。
しかし、2010年の大韓民国では、下降するケースがむしろ多くなっている。
分析チームによると、都市に暮らす世帯のうち、中産層以上から貧困層に転落したケース(貧困進入率)は、アジア通貨危機直後の1999年に10.4%とピークを迎えたが、その後は2003年に8.1%、05年6.1%へと徐々に低下したという。
ところが、07年には再び7.1%に跳ね上がった。
一方で、貧困から抜け出す割合(貧困脱出率)は2001年に7.8%とピークを迎えたが、その後は6%台後半で推移している(03年6.6%→05 年 6.7%→07年 6.8%)。
その結果、貧困から抜け出せない世帯(貧困残存率)は、1999年の14.3%から07年には20.3%へと急増した。
つまり、
(1)不況のたびに不安定な中産層が一気にはしごの一番下に転落し、
(2)下から上にはい上がれるケースは減り、
(3)一番下であがいても抜け出せない
-という悪循環な構造が定着したということだ。
2009 年はまだ統計が出ていないが、世界的な金融危機の影響で、このような現象はさらに深刻化している、と分析チームはみている。
■余裕ができるとすぐに支出が増加
療養保護士として働くキム・ドクジャさん(52)は、「上がるのは難しいが、落ちるのは簡単」と話す。
キムさんの夫(54)は都市ガス工事業を営んでいたが、アジア通貨危機で経営が行き詰まった。
二人で必死に働いて1億5000万ウォン(約1100万円)の借金を返済したものの、貯金はまったくできなかった。
キムさんは「若いころは、今ごろの年齢になれば金持ちまではいかなくとも、貧しさに苦しむことはないと思っていた」と話した。
夫が日雇いで稼ぐ毎月の収入が150万ウォン(約11万円)から200万ウォン(約14万円)。
それに自分の収入の80万ウォン(約5万7000円)から90万ウォン(約6 万4000円)を加えても、5人家族の食費、光熱費、交通費、病院代などを支払うと、手元には何も残らない。
キムさんは、「最後に貯金したのがいつだったかも覚えていない」と話す。
大学生の息子(24)と娘(23)は現在、休学中だ。
キムさんは「余裕ができたと思ったら、すぐにまた出費が必要になる。
わたしたちのような家庭は、仕事が減ったり病気になると、すぐに転落するだろう」と嘆いた。
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記事入力 : 2010/08/02 15:11:58
http://www.chosunonline.com/news/20100802000061
http://www.chosunonline.com/news/20100802000062
http://www.chosunonline.com/news/20100802000063
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格差社会:貧困の繰り返しにあえぐ人たち
7月2日午前8時、路地裏にある一軒家の門が開いた。
ソウル市永登浦区にある住宅の2階(66平方メートル)から、女子高生3人と小学生が次々と降りてきた。
祖母のパク・ゴンスンさん(71)は、疲れ果てた表情で家の掃除を始めた。
「まさに戦争ですよ。年ごろの孫娘たちが一度に顔を洗うので、排水溝は毎朝詰まってしまいます」
パクさんは食堂で働きながら、5人の子供を高校に行かせた。
子供たちにある程度の学歴があれば、勉強などしたことのない自分よりは楽な人生を送れると思い、懸命に育てた。
ところが、アジア通貨危機を前後し、パクさん一家に大きな試練が訪れた。
小さな商店を経営していた息子たちの仕事が次々と行き詰まってしまったのだ。
長女(46)は家出し、二人の孫をパクさんが引き取った。
しかし今度は、食堂で働く次女(44)が飲食店の経営に行き詰まり、、息子と娘を連れて実家に戻ってきた。
パクさんはこれまで、デパートで清掃員として働く独身の長男(47)と二人で生活していたが、2部屋しかないこの借家に大人3人、子供 4人で暮らすようになった。
長男は最近、外のサウナで寝ることが多いという。
■5世帯に3世帯が転落の経験
パクさんのように、アジア通貨危機をきっかけに貧困へと転落したケースはどれくらいあるのだろうか。
本紙が社会統合委員会と共同で10年分の「韓国労働パネル調査」(1998-2007)を詳しく分析したところ、都市に住む家庭の5世帯に3世帯に当たる57%が、ここ10年間に1回以上、貧困に陥った経験があることが分かった。
また、5世帯に1世帯(23.7%)は5年以上にわたり、貧困から抜け出せずにいる。
労働パネルとは、政府が毎年、全国の都市部に暮らす5000世帯の生活状況を調査した資料だ。
分析チームのリーダーを務めた社会統合委員会のノ・デミョン委員は、
「今は中産層だが、貧困のラインギリギリでいつ転落するか分からないケースも増えている」
と話す。
このように、生活が楽になったと思えば再び転落する現象を、専門家は「反復貧困」と呼んでいる。
反復貧困は文字通り、波のように繰り返し「ワーキングプア」を苦しめる。
今回の分析によると、5年以上にわたり貧困に苦しむ階層の中で、身体に障害がある人や、高齢で社会に頼らざるを得ない人は少数(19%)だ。
大部分の人は仕事をする能力があり、実際に働いているが、生活が改善しないワーキングプアだった。
専門家はワーキングプアの数を300万人以上と試算しているが、イ・ヒョンスクさん(61)もその一人だ。
■「しっかり者」女性の貧困への転落
イさんはかつて貿易会社に勤務していたとき、中小企業で経理の仕事をしていた今の夫と知り合った。
結婚から6年後、ソウル江北地区に一軒家を購入し、周りからは「しっかり者」などと呼ばれていたが、アジア通貨危機でイさんが積み上げてきたすべてが一気に崩壊した。
夫の会社が倒産しただけでなく、夫が保証書にサインしていたため、自宅も失ってしまった。
夫は多重債務者に、イさんは生活保護の受給者となった。
イさんはその後、電話相談員として再就職した。
教育だけが生き残る道と考えたイさんは、賃貸住宅に住み毎月の家賃を支払いながら、手持ちのわずかな資金で息子と娘を塾に行かせた。
必死に働いてきたおかげで長女(28)が政府系企業に就職し、毎月150万ウォン(約11万円)の給料を受け取るようになった。
息子(25)も名門大学に入り、複数のアルバイトを掛け持ちしながら月100万ウォン(約7万1000円)を稼いだ。
家族全員の収入をかき集め、7000万ウォン(約 500万円)の資金を準備してチョンセ(家を借りるために家主に支払う高額の保証金)に充て、生活保護受給者から抜け出した。
しかし、その後の暮らしも順調にはいかなかった。
イさんは6月、相談員を定年退職した。
夫は体調を崩し働くことができない状態で、息子は軍に入隊している。
もう一度生活保護を受けようと住民センターに相談したが、「娘に収入がある」という理由で却下された。
「娘は嫁いだため、実家の家族を養うことはできない」と説明したが、受け入れてもらえなかった。
イさんは「食べていくのも大変で、気が狂いそうだ。貧困から抜け出そうとこれまで必死で働いてきたのに、また奈落の底に突き落されたような気分だ」と話す。
■低迷状態の貧困脱出率
1990年代前半(1989-95)までは、高速成長によりすべてが上向きだった。
上昇のペースに違いがあっただけで、誰もが経済状況を改善させていた。
前述のパクさんは若いころ、電気もない藁屋に住んでいたが、その後、蛇口をひねれば温水が出るような住宅に引っ越した。
自分は教育をまともに受けたことはなかったが、子供たちは高校まで行かせた。
イさんも、何もないところからスタートし、30代半ばでマイホームを手に入れた。
しかし、2010年の大韓民国では、下降するケースがむしろ多くなっている。
分析チームによると、都市に暮らす世帯のうち、中産層以上から貧困層に転落したケース(貧困進入率)は、アジア通貨危機直後の1999年に10.4%とピークを迎えたが、その後は2003年に8.1%、05年6.1%へと徐々に低下したという。
ところが、07年には再び7.1%に跳ね上がった。
一方で、貧困から抜け出す割合(貧困脱出率)は2001年に7.8%とピークを迎えたが、その後は6%台後半で推移している(03年6.6%→05 年 6.7%→07年 6.8%)。
その結果、貧困から抜け出せない世帯(貧困残存率)は、1999年の14.3%から07年には20.3%へと急増した。
つまり、
(1)不況のたびに不安定な中産層が一気にはしごの一番下に転落し、
(2)下から上にはい上がれるケースは減り、
(3)一番下であがいても抜け出せない
-という悪循環な構造が定着したということだ。
2009 年はまだ統計が出ていないが、世界的な金融危機の影響で、このような現象はさらに深刻化している、と分析チームはみている。
■余裕ができるとすぐに支出が増加
療養保護士として働くキム・ドクジャさん(52)は、「上がるのは難しいが、落ちるのは簡単」と話す。
キムさんの夫(54)は都市ガス工事業を営んでいたが、アジア通貨危機で経営が行き詰まった。
二人で必死に働いて1億5000万ウォン(約1100万円)の借金を返済したものの、貯金はまったくできなかった。
キムさんは「若いころは、今ごろの年齢になれば金持ちまではいかなくとも、貧しさに苦しむことはないと思っていた」と話した。
夫が日雇いで稼ぐ毎月の収入が150万ウォン(約11万円)から200万ウォン(約14万円)。
それに自分の収入の80万ウォン(約5万7000円)から90万ウォン(約6 万4000円)を加えても、5人家族の食費、光熱費、交通費、病院代などを支払うと、手元には何も残らない。
キムさんは、「最後に貯金したのがいつだったかも覚えていない」と話す。
大学生の息子(24)と娘(23)は現在、休学中だ。
キムさんは「余裕ができたと思ったら、すぐにまた出費が必要になる。
わたしたちのような家庭は、仕事が減ったり病気になると、すぐに転落するだろう」と嘆いた。
』
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中上流層、2割が低所得層へ
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『
記事入力 : 2010/08/02 15:15:04
http://www.chosunonline.com/news/20100802000064
http://www.chosunonline.com/news/20100802000065
------------------------------------------------
格差社会:韓国の中上流層、2割が低所得層へ
京畿道平沢市で幼少時代を過ごしたパク・ソンミンさん(仮名、35)は短大を中退し、海兵隊に入隊。除隊後は運送会社に就職した。幼いころ、父親が2.5 トン・トラックの運転手をしながら家族を養い、マンションまで購入した姿を見て、「大学を出なくても十分やっていける」と自負していた。
ところが、昨年3月ごろからそんな考えに疑問を持つようになった。12年間勤めてきた運送会社でリストラに遭い、9カ月後に給食納品業者に就職したものの、わずか4カ月で再び失業してしまった。1年で二度も首を切られるはめになったというわけだ。
パクさんは週に1-2回、引っ越しのアルバイトをした。7万ウォン(約5000円)の日当を受け取り、くたくたになるまで働いて帰宅すると、小2 から3歳までの娘3人が「一緒に遊ぼう」とまとわりついてきた。製紙工場や宅配会社に何度も面接に出向き、ようやく今年5月、町内のスーパーマーケットの 配達社員として採用されたものの、店の経営状態が悪化すればいつでも解雇されてしまう臨時職だ。パクさんは「毎日食べていくのが大変だが、将来が見えない のはもっと辛い」と嘆いた。
韓国社会を支えてきた「上昇のためのはしご」が機能しなくなっている。「やればできる」という階層上昇のメカニズムに亀裂が生じ、「いくら努力しても貧しさから脱け出せない」という挫折感が拡大している。
取材班が、各部門の専門家たちで構成された特別チームを中心に、「韓国労働パネル調査」の資料10年分(1998-2007年)と「統計庁都市家計調査」 の資料20年分(1989-2009年)を3カ月間にわたって分析した結果、ここ20年間で韓国社会は「上の階層に上がる人」よりも「現状維持か、下の階 層に下がる人」の方が多い社会に推移していたことが分かった。
通貨危機の影響が影を潜めたことで(2002-2009年)、急激な変化は見られなくなったものの、中産層は減り、低所得層は徐々に増加している(中産層:2002年69.4%→09年68.1%、低所得層:02年9.3%→09年11.3%)。
通貨危機によって、中・上流層の5世帯に1世帯(18.8%)が10年間で低所得層に下落してしまったことが分かった。「しまった」と思ったときは手遅れで、気が付いてみるといつの間にか転落していたというケースが、それだけ拡大したということだ。
通貨危機当時に低所得層だった世帯は、5世帯に3世帯(55.7%)が10年たった今も低所得層にとどまっていることが分かった。今回、調査の分析に参加 した社会統合委員会のノ・デミョン専門委員は、「残りの2世帯もようやく低所得層を脱した程度にすぎず、いつまた低所得層へと逆戻りするか分からない状 況」と話した。
このような分析結果は、努力次第では社会的階層を駆け上がることが比較的容易だった韓国社会が、今では「階層が定着した 社会」に移行しつつあることを物語っている。学業で成功を収め(教育)、優良企業に就職し(雇用)、事業で成功を成し遂げ(創業)、マイホームを購入(住 宅)するなど、さまざまな経路を通じた「階層を駆け上がるためのはしご」が、徐々に崩壊しているということだ。
こうした社会の変化について、ソウル大学政治学部の朴賛郁(パク・チャンウク)教授は、「現在の韓国社会には“小川から竜は生まれない”という一種の挫折感が、幅広く蔓延(まんえん)している」と説明した。
政府はここ10年間で数多くの福祉政策を実施してきた。しかし、こうした福祉政策の多くは、極貧層に対して最低限の生活費を支給することばかりに集中して おり、中産層が低所得層に下落することを防止し、低所得層が能力を発揮することで貧困から脱け出すことができるよう支援する政策は講じられていない。これ について、ノ・テミョン委員は「今の福祉システムは、ギプスをしている人にだけ松葉づえを与え、ひとまずギプスが外されるとリハビリの時間も与えずに松葉 づえを奪ってしまうようなものだ。そのため、再起しても再び挫折したり、初めからギプスを外そうとする意欲を持つことができないような構造になっている」 と分析した。
だからと言って、「福祉万能主義」がすべての問題を解決するわけではない、と特別チームは指摘する。日本の場合、福祉政策 の拡大に乗り出したものの、はしごは復元されず、政府の借金だけが雪だるま式に膨れ上がり、今では支えきれない状態にまで陥ってしまった。韓国社会の「上 昇のためのはしご」を修復していくためには、「下層階級への下落を阻む安全装置の構築」と共に「上昇のためのチャンスの提供」といった二つのアプローチを 前提に推し進めていくことが望まれる、と諮問団は指摘した。
』
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記事入力 : 2010/08/02 15:15:04
http://www.chosunonline.com/news/20100802000064
http://www.chosunonline.com/news/20100802000065
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格差社会:韓国の中上流層、2割が低所得層へ
京畿道平沢市で幼少時代を過ごしたパク・ソンミンさん(仮名、35)は短大を中退し、海兵隊に入隊。除隊後は運送会社に就職した。幼いころ、父親が2.5 トン・トラックの運転手をしながら家族を養い、マンションまで購入した姿を見て、「大学を出なくても十分やっていける」と自負していた。
ところが、昨年3月ごろからそんな考えに疑問を持つようになった。12年間勤めてきた運送会社でリストラに遭い、9カ月後に給食納品業者に就職したものの、わずか4カ月で再び失業してしまった。1年で二度も首を切られるはめになったというわけだ。
パクさんは週に1-2回、引っ越しのアルバイトをした。7万ウォン(約5000円)の日当を受け取り、くたくたになるまで働いて帰宅すると、小2 から3歳までの娘3人が「一緒に遊ぼう」とまとわりついてきた。製紙工場や宅配会社に何度も面接に出向き、ようやく今年5月、町内のスーパーマーケットの 配達社員として採用されたものの、店の経営状態が悪化すればいつでも解雇されてしまう臨時職だ。パクさんは「毎日食べていくのが大変だが、将来が見えない のはもっと辛い」と嘆いた。
韓国社会を支えてきた「上昇のためのはしご」が機能しなくなっている。「やればできる」という階層上昇のメカニズムに亀裂が生じ、「いくら努力しても貧しさから脱け出せない」という挫折感が拡大している。
取材班が、各部門の専門家たちで構成された特別チームを中心に、「韓国労働パネル調査」の資料10年分(1998-2007年)と「統計庁都市家計調査」 の資料20年分(1989-2009年)を3カ月間にわたって分析した結果、ここ20年間で韓国社会は「上の階層に上がる人」よりも「現状維持か、下の階 層に下がる人」の方が多い社会に推移していたことが分かった。
通貨危機の影響が影を潜めたことで(2002-2009年)、急激な変化は見られなくなったものの、中産層は減り、低所得層は徐々に増加している(中産層:2002年69.4%→09年68.1%、低所得層:02年9.3%→09年11.3%)。
通貨危機によって、中・上流層の5世帯に1世帯(18.8%)が10年間で低所得層に下落してしまったことが分かった。「しまった」と思ったときは手遅れで、気が付いてみるといつの間にか転落していたというケースが、それだけ拡大したということだ。
通貨危機当時に低所得層だった世帯は、5世帯に3世帯(55.7%)が10年たった今も低所得層にとどまっていることが分かった。今回、調査の分析に参加 した社会統合委員会のノ・デミョン専門委員は、「残りの2世帯もようやく低所得層を脱した程度にすぎず、いつまた低所得層へと逆戻りするか分からない状 況」と話した。
このような分析結果は、努力次第では社会的階層を駆け上がることが比較的容易だった韓国社会が、今では「階層が定着した 社会」に移行しつつあることを物語っている。学業で成功を収め(教育)、優良企業に就職し(雇用)、事業で成功を成し遂げ(創業)、マイホームを購入(住 宅)するなど、さまざまな経路を通じた「階層を駆け上がるためのはしご」が、徐々に崩壊しているということだ。
こうした社会の変化について、ソウル大学政治学部の朴賛郁(パク・チャンウク)教授は、「現在の韓国社会には“小川から竜は生まれない”という一種の挫折感が、幅広く蔓延(まんえん)している」と説明した。
政府はここ10年間で数多くの福祉政策を実施してきた。しかし、こうした福祉政策の多くは、極貧層に対して最低限の生活費を支給することばかりに集中して おり、中産層が低所得層に下落することを防止し、低所得層が能力を発揮することで貧困から脱け出すことができるよう支援する政策は講じられていない。これ について、ノ・テミョン委員は「今の福祉システムは、ギプスをしている人にだけ松葉づえを与え、ひとまずギプスが外されるとリハビリの時間も与えずに松葉 づえを奪ってしまうようなものだ。そのため、再起しても再び挫折したり、初めからギプスを外そうとする意欲を持つことができないような構造になっている」 と分析した。
だからと言って、「福祉万能主義」がすべての問題を解決するわけではない、と特別チームは指摘する。日本の場合、福祉政策 の拡大に乗り出したものの、はしごは復元されず、政府の借金だけが雪だるま式に膨れ上がり、今では支えきれない状態にまで陥ってしまった。韓国社会の「上 昇のためのはしご」を修復していくためには、「下層階級への下落を阻む安全装置の構築」と共に「上昇のためのチャンスの提供」といった二つのアプローチを 前提に推し進めていくことが望まれる、と諮問団は指摘した。
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これが日本式、「福祉の逆説」だ
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記事入力 : 2010/08/02 15:22:07
http://www.chosunonline.com/news/20100802000067
http://www.chosunonline.com/news/20100802000068
http://www.chosunonline.com/news/20100802000069
--------------------------------------------------------
格差社会:社会保障の強化図る日本、「福祉の逆説」とは
所得の上昇というはしごが壊れるのは、世界的に見られる現象だが、まだどの国も、そのはしごを修復するための完ぺきな方法を見いだせていない。
日本では 1990年代に入り、低成長や高齢化に長期不況まで重なって、貧富の差が広がり、中間層が貧困層へと転落する流れが本格化した。
日本政府は、低成長路線から軌道修正し、果敢な経済改革を断行するのではなく、財政支出を増やして社会保障の強化を図る道を選び、その結果、国の借金は雪だるま式に膨らみ、将来の世代にツケを回す結果を生んだ。
それにもかかわらず、貧困から脱出するためのはしごの修復は、依然として進まず、「福祉の逆説」を生んでいる。
2008年、千葉県のある高校が、入学金を払えなかったという理由で、新入生二人の入学式への出席を認めなかった。
また、大阪のある区役所は、国民健康保険料の未納を理由に、小学生の子どもの保険証を取り上げた。
このような行政側の冷たい対応に、国民の間では「子どもたちに対するひどい仕打ちだ」という同情論が広がり、社会問題となった。
職を失った親が、子どもの高校の入学金や国民健康保険料を払えなくなったというのが、直接的な理由だった。
日本では、職を失った人には失業給付金が支給され、その期間が終わっても職に就けない人は生活保護の対象になる。
そうして支給されたお金を子どものために使えばよいはずだが、親たちはまず、学費や保険料の負担を避けたのだった。
子どもたちがこうして不幸に直面するのは、一体誰の責任なのだろうか。
職を失ったからといって、子どもを放置した親の責任なのか。
不況を理由に働く場を奪った企業の責任なのか。
それとも、有効な手を打てず、20年にわたる長期不況を招いた政府の責任なのだろうか。
2010年、一つの解決策が講じられた。
日本政府は、親の失業などで健康保険の恩恵を受けられなかった、全国の3万人の子どもたちに、健康保険証を交付した。
また、高校も全面的に無償化された。
その予算は、十分な財源がないため、国債を充てる方針だ。
一見すると、政府が責任を取ったかのように見えるが、実際には政府も、企業も、親たちも責任を取ってはいない。
政府は経済成長に対する責任を、企業は雇用に対する責任を、親たちは子どもの養育に対する責任を、それぞれ放棄した。
その代わり、将来返さなければならない国の借金を、将来の世代に押し付けた。
福祉を手厚くし、充実させていくとともに、政府や企業、そして親たちは責任を回避し、負担を減らした。
だが、借金を返さなければならない将来の世代の責任や負担はとてつもなく重い。
これが日本式の「福祉の逆説」だ。
日本人の貧富の格差は、低成長と高齢化が重なった1990年代半ばから急速に広がった。
これに対し、日本政府は所得の再分配政策を積極的に進めてきた。
90年に11兆円だった社会保障予算は、昨年には24兆円にまで増加した。
これは量的な意味で、日本政府がいかに社会保障に積極的かということを証明している。
だが、中身を見ると、「希望のない分配」の真の姿が見えてくる。
24兆円に上る社会保障予算のうち、19兆円が高齢者の生活を支える年金、医療、介護保険の財源となった。
また、生計の維持が困難な家庭に支給される生活保護費は2兆円に上る。
一方、将来の世代のための福祉施策である、保育園の整備・運営や児童手当、児童扶養手当は、計8000億円にすぎない。
借金をしてまで分配する金のほとんどが、高齢者福祉に回されているというわけだ。
こうした不均衡を是正するため、2000年代半ばに当時の小泉政権が進めた、後期高齢者医療制度をはじめとする福祉改革は、社会的な反発を受けた。
日本の手厚い福祉政策は、所得・社会階層の極端な二極化を防いだ、と評価されてきた。
だが、財政を動員しただけでは、貧富の差の拡大を食い止めることはできなかった。
貧困層に支給される生活保護費(1946年に導入)を、4代にわたって受給する世帯も増えている。
一たび貧困層に転落すれば、ひ孫の代まで貧困から脱出できなくなってしまうというわけだ。
経済協力開発機構(OECD)は、日本の貧困率を発表した際、
「非正規雇用者(パートタイマー、契約社員、派遣社員など)が急増したことが、貧富の差の拡大した原因だ」
との見方を示した。
日本は伝統的に、終身雇用制度を通じ、企業が社員の所得を保障することにより、「1億総中流社会」を築いてきた国だ。
その日本で今、非正規雇用者は労働者全体の3分の1を超えている。
こうした変化は、制度面では、小泉政権が労働法を改正し、製造業への人材派遣を事実上、全面的に認めたことが決定的な要因となった。
だがこれは、競争力が弱まった日本の製造業を立て直すための苦肉の策という側面もあった。
野村証券金融経済研究所のシニアエコノミスト、西沢隆氏は「当時の政権が、非正規労働者の受け入れを通じ、製造業の再生を図らなければ、製造業の弱体化によって失業者が増え、貧富の差はさらに拡大していた」との見方を示した。
財政資金を通じた日本式の貧困救済は、20年にして、ついに限界を迎えた。
1990年に60兆円だった政府の税収は、低成長により、昨年には46 兆円まで落ち込んだ。
財源が不足しているため、政府の新規国債発行額は今年、税収を上回る見通しだ。
借金が給与収入を上回るという、前代未聞の事態となる。
こうして、日本政府の借金は今年3月末現在、882兆円にまで膨れ上がった。
国内総生産(GDP)に対する比率は200%を超える。
これは世界最悪の数値だ。
それにもかかわらず、ギリシャのように破産状態に陥っていないのは、これまでに1400兆円を超える国民の貯蓄が、国債の購入に充てられてきたためだ。
だが、貯蓄を取り崩して生活する高齢者が増えているため、国民の貯蓄も近い将来、絶対額が減少する見通しだ。
がけっぷちに追い詰められた日本政府は、ついに消費税の税率引き上げというカードを切ろうとしている。
現在税率が5%の消費税を、国際的な水準である10%程度まで引き上げ、税収を毎年2兆5000億円ずつ増やすというわけだ。
だが、これが実現したとしても、日本政府が現在進めている高齢者福祉施策(最低保障年金制度)に使えば、すぐに枯渇してしまう。
その後のシナリオについては誰も分からない。
はっきりしていることは、今の子どもたちに、将来負担を押し付けることにならざるを得ないということだ。
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
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記事入力 : 2010/08/02 15:22:07
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格差社会:社会保障の強化図る日本、「福祉の逆説」とは
所得の上昇というはしごが壊れるのは、世界的に見られる現象だが、まだどの国も、そのはしごを修復するための完ぺきな方法を見いだせていない。
日本では 1990年代に入り、低成長や高齢化に長期不況まで重なって、貧富の差が広がり、中間層が貧困層へと転落する流れが本格化した。
日本政府は、低成長路線から軌道修正し、果敢な経済改革を断行するのではなく、財政支出を増やして社会保障の強化を図る道を選び、その結果、国の借金は雪だるま式に膨らみ、将来の世代にツケを回す結果を生んだ。
それにもかかわらず、貧困から脱出するためのはしごの修復は、依然として進まず、「福祉の逆説」を生んでいる。
2008年、千葉県のある高校が、入学金を払えなかったという理由で、新入生二人の入学式への出席を認めなかった。
また、大阪のある区役所は、国民健康保険料の未納を理由に、小学生の子どもの保険証を取り上げた。
このような行政側の冷たい対応に、国民の間では「子どもたちに対するひどい仕打ちだ」という同情論が広がり、社会問題となった。
職を失った親が、子どもの高校の入学金や国民健康保険料を払えなくなったというのが、直接的な理由だった。
日本では、職を失った人には失業給付金が支給され、その期間が終わっても職に就けない人は生活保護の対象になる。
そうして支給されたお金を子どものために使えばよいはずだが、親たちはまず、学費や保険料の負担を避けたのだった。
子どもたちがこうして不幸に直面するのは、一体誰の責任なのだろうか。
職を失ったからといって、子どもを放置した親の責任なのか。
不況を理由に働く場を奪った企業の責任なのか。
それとも、有効な手を打てず、20年にわたる長期不況を招いた政府の責任なのだろうか。
2010年、一つの解決策が講じられた。
日本政府は、親の失業などで健康保険の恩恵を受けられなかった、全国の3万人の子どもたちに、健康保険証を交付した。
また、高校も全面的に無償化された。
その予算は、十分な財源がないため、国債を充てる方針だ。
一見すると、政府が責任を取ったかのように見えるが、実際には政府も、企業も、親たちも責任を取ってはいない。
政府は経済成長に対する責任を、企業は雇用に対する責任を、親たちは子どもの養育に対する責任を、それぞれ放棄した。
その代わり、将来返さなければならない国の借金を、将来の世代に押し付けた。
福祉を手厚くし、充実させていくとともに、政府や企業、そして親たちは責任を回避し、負担を減らした。
だが、借金を返さなければならない将来の世代の責任や負担はとてつもなく重い。
これが日本式の「福祉の逆説」だ。
日本人の貧富の格差は、低成長と高齢化が重なった1990年代半ばから急速に広がった。
これに対し、日本政府は所得の再分配政策を積極的に進めてきた。
90年に11兆円だった社会保障予算は、昨年には24兆円にまで増加した。
これは量的な意味で、日本政府がいかに社会保障に積極的かということを証明している。
だが、中身を見ると、「希望のない分配」の真の姿が見えてくる。
24兆円に上る社会保障予算のうち、19兆円が高齢者の生活を支える年金、医療、介護保険の財源となった。
また、生計の維持が困難な家庭に支給される生活保護費は2兆円に上る。
一方、将来の世代のための福祉施策である、保育園の整備・運営や児童手当、児童扶養手当は、計8000億円にすぎない。
借金をしてまで分配する金のほとんどが、高齢者福祉に回されているというわけだ。
こうした不均衡を是正するため、2000年代半ばに当時の小泉政権が進めた、後期高齢者医療制度をはじめとする福祉改革は、社会的な反発を受けた。
日本の手厚い福祉政策は、所得・社会階層の極端な二極化を防いだ、と評価されてきた。
だが、財政を動員しただけでは、貧富の差の拡大を食い止めることはできなかった。
貧困層に支給される生活保護費(1946年に導入)を、4代にわたって受給する世帯も増えている。
一たび貧困層に転落すれば、ひ孫の代まで貧困から脱出できなくなってしまうというわけだ。
経済協力開発機構(OECD)は、日本の貧困率を発表した際、
「非正規雇用者(パートタイマー、契約社員、派遣社員など)が急増したことが、貧富の差の拡大した原因だ」
との見方を示した。
日本は伝統的に、終身雇用制度を通じ、企業が社員の所得を保障することにより、「1億総中流社会」を築いてきた国だ。
その日本で今、非正規雇用者は労働者全体の3分の1を超えている。
こうした変化は、制度面では、小泉政権が労働法を改正し、製造業への人材派遣を事実上、全面的に認めたことが決定的な要因となった。
だがこれは、競争力が弱まった日本の製造業を立て直すための苦肉の策という側面もあった。
野村証券金融経済研究所のシニアエコノミスト、西沢隆氏は「当時の政権が、非正規労働者の受け入れを通じ、製造業の再生を図らなければ、製造業の弱体化によって失業者が増え、貧富の差はさらに拡大していた」との見方を示した。
財政資金を通じた日本式の貧困救済は、20年にして、ついに限界を迎えた。
1990年に60兆円だった政府の税収は、低成長により、昨年には46 兆円まで落ち込んだ。
財源が不足しているため、政府の新規国債発行額は今年、税収を上回る見通しだ。
借金が給与収入を上回るという、前代未聞の事態となる。
こうして、日本政府の借金は今年3月末現在、882兆円にまで膨れ上がった。
国内総生産(GDP)に対する比率は200%を超える。
これは世界最悪の数値だ。
それにもかかわらず、ギリシャのように破産状態に陥っていないのは、これまでに1400兆円を超える国民の貯蓄が、国債の購入に充てられてきたためだ。
だが、貯蓄を取り崩して生活する高齢者が増えているため、国民の貯蓄も近い将来、絶対額が減少する見通しだ。
がけっぷちに追い詰められた日本政府は、ついに消費税の税率引き上げというカードを切ろうとしている。
現在税率が5%の消費税を、国際的な水準である10%程度まで引き上げ、税収を毎年2兆5000億円ずつ増やすというわけだ。
だが、これが実現したとしても、日本政府が現在進めている高齢者福祉施策(最低保障年金制度)に使えば、すぐに枯渇してしまう。
その後のシナリオについては誰も分からない。
はっきりしていることは、今の子どもたちに、将来負担を押し付けることにならざるを得ないということだ。
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
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格差社会:構造変化をめぐる調査方法とは
『
記事入力 : 2010/08/02 15:18:29
http://www.chosunonline.com/news/20100802000066
----------------------------------------------
格差社会:構造変化をめぐる調査方法とは
「上昇のためのはしご」が徐々に崩壊している韓国社会の構造変化について調査するため、取材チームは、国民年金研究院、社会統合委員会、サムスン経済研究 所、中小企業研究院、土地住宅研究院、韓国開発研究院、韓国労働研究院、高麗大、中央大に所属する諮問団(約20人)と共に、約3カ月間にわたって莫大 (ばくだい)な資料を分析しました。
まず諮問団は、「統計庁都市家計調査」の資料20年分をベースに、調査対象となった世帯の所得分布 が年度ごとにどのように推移したかを分析し、「韓国労働パネル調査」の資料10年分では、都市に住む5000世帯の生活がアジア通貨危機以後の10年間で どのように変化したかについて調べました。
また、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果(8年分)を基に、階層別の成績の推移についても調査しました。
さらに取材チームは、韓国雇用情報院、ジョブコリア、韓国女性財団、韓国片親家庭サラン会と共に、無住宅者、青年失業者、片親家庭など約2万 8000人の生活についても調査しました。
その結果、働き口、教育、住宅などの各経路に存在していた「階層上昇のためのはしご」が徐々に崩れていることが、確認されました。
同シリーズは、デジタル朝鮮映像取材チームのプロデューサーの協力を得て、3-5分のドキュメンタリー映像として製作されました。同映像は朝鮮ドットコムのサイトに掲載されています。
特別取材チーム
』
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記事入力 : 2010/08/02 15:18:29
http://www.chosunonline.com/news/20100802000066
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格差社会:構造変化をめぐる調査方法とは
「上昇のためのはしご」が徐々に崩壊している韓国社会の構造変化について調査するため、取材チームは、国民年金研究院、社会統合委員会、サムスン経済研究 所、中小企業研究院、土地住宅研究院、韓国開発研究院、韓国労働研究院、高麗大、中央大に所属する諮問団(約20人)と共に、約3カ月間にわたって莫大 (ばくだい)な資料を分析しました。
まず諮問団は、「統計庁都市家計調査」の資料20年分をベースに、調査対象となった世帯の所得分布 が年度ごとにどのように推移したかを分析し、「韓国労働パネル調査」の資料10年分では、都市に住む5000世帯の生活がアジア通貨危機以後の10年間で どのように変化したかについて調べました。
また、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果(8年分)を基に、階層別の成績の推移についても調査しました。
さらに取材チームは、韓国雇用情報院、ジョブコリア、韓国女性財団、韓国片親家庭サラン会と共に、無住宅者、青年失業者、片親家庭など約2万 8000人の生活についても調査しました。
その結果、働き口、教育、住宅などの各経路に存在していた「階層上昇のためのはしご」が徐々に崩れていることが、確認されました。
同シリーズは、デジタル朝鮮映像取材チームのプロデューサーの協力を得て、3-5分のドキュメンタリー映像として製作されました。同映像は朝鮮ドットコムのサイトに掲載されています。
特別取材チーム
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2010年8月15日日曜日
【特集】韓国社会から消えゆく「階層上昇のはしご」
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● 韓国と日本の老齢人口比較
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朝鮮日報:【特集】韓国社会から消えゆく「階層上昇のはしご」
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* 格差社会:構造変化をめぐる調査方法とは 2010/08/02
* 格差社会:社会保障の強化図る日本、「福祉の逆説」とは 2010/08/02
* 格差社会:韓国の中上流層、2割が低所得層へ 2010/08/02
* 格差社会:貧困の繰り返しにあえぐ人たち 2010/08/02
* 格差社会:教育の二極化、韓国は米国より深刻 2010/08/03
* 格差社会:大卒の親と高卒の親、子どもの入試で20点の差 2010/08/03
* 格差社会:今や就職が困難になった専門高校 2010/08/03
* 格差社会:大学卒業から2年、就職者は6割 2010/08/04
* 格差社会:人生のはしごを登ることすらできない「2030世代」 2010/08/04
* 格差社会:失敗すれば敗者復活の道なき「4050世代」 2010/08/04
* 格差社会:マイホーム購入までの期間、8年間に2.5年延びる 2010/08/05
* 格差社会:マイホームの夢遠い韓国 2010/08/05
* 格差社会:全世帯の13%、最低基準に満たない住居で生活 2010/08/06
* 格差社会:日雇い人生、行き場のない住居難民たち 2010/08/06
* 格差社会:貧困脱出のカギとなる「140%の法則」 2010/08/07
* 格差社会:貧困児童100万人、成長後は就職困難 2010/08/07
* 【記者手帳】心で泣いた「格差社会」取材 2010/08/07
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関連記事
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* 【社説】貧困に苦しむ韓国の高齢者たち 2010/08/03
* 韓国の高齢者、35%が貧困層 2010/08/03
* 大卒生、5割が就職できず 2010/08/17
*【萬物相】成人の8割が「自分は庶民」と考える国 2010/09/08
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● 韓国と日本の老齢人口比較
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朝鮮日報:【特集】韓国社会から消えゆく「階層上昇のはしご」
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* 格差社会:構造変化をめぐる調査方法とは 2010/08/02
* 格差社会:社会保障の強化図る日本、「福祉の逆説」とは 2010/08/02
* 格差社会:韓国の中上流層、2割が低所得層へ 2010/08/02
* 格差社会:貧困の繰り返しにあえぐ人たち 2010/08/02
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* 格差社会:マイホーム購入までの期間、8年間に2.5年延びる 2010/08/05
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